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【短編小説】グラスの氷が溶ける前に



1時間が経った。



いつもの喫茶店でおしゃべりしようねって約束をしていた。



待てど待てど君は来なかった。



入店を知らせる鐘が鳴るたびにドアの方を見た。もう何度見たかもわからない。



氷が溶けて薄くなった紅茶は悲しいほどに味がしなかった。



君へのメッセージに既読はつかないし電話をかけても不在着信。



もう潮時なのかな。



付き合って4年、いつも独り占めする苺のショートケーキも君とならはんぶんこしたいと思えた。



君の作るハンバーグは美味しくて、ほっぺたが落ちたんじゃないかと思うほどだ。


夕飯中、君の部屋でほっぺを探したら笑ってくれたっけ。



不器用な私と違ってなんでもそつなくこなす君は私の王子様だ。



そう思っていたけど所詮は現実。

幸せな日々も泡沫の夢。



震えたスマホには君の名前が表示されてた。


遅いよ。


勇気を振り絞って聞かなきゃ。



「もしもし」

「ごめん、寝てた。どうしたん?」

白々しい。

「…待ち合わせ時間過ぎてる」

それしか言えなかった。埋め合わせをすると言い出したのは君なのに悪びれる様子もないことに腹が立った。


「え?待ち合わせって8時だよね?」

呆れた。

「6時だよ」

「あれ?俺8時って書いたよ」


トークを読み返すと8時と書いてあった。


「あ、ごめん、18時だとてっきり」


穴があったら入りたかった。勝手に勘違いして勝手に落ち込んでいたのか。


「もしかしてずっと待っててくれてたの?」

「うん」

「ごめんね。あと30分待てる?」

「まあ、うん」

「じゃあケーキ好きなの2個頼んどいて。待たせたお詫び」


どうして君はそんなに優しいの。


「じゃあ君の好きなチョコと苺にする」

「はんぶんこだね」


電話を切ってストローをくわえた。


少し薄くなった紅茶も案外悪くないかもしれない。



君を待つ時間が今度は楽しくなってきた。


やっぱり君が好きだと思った。

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