見出し画像

【短編小説】千鳥足忍び足



金曜日。



週の仕事を終え、男は陽気に土産を持って千鳥足で家に帰っていた。



大きなプロジェクトがひと段落したので大変羽目を外して飲みすぎてしまった。



上司も部下も自分の仕事を評価してくれた、今日ほど気分のいい飲み会はない。




しかしそんなことはカミさんには関係ない。



俺が連絡した時間よりも遅く帰ることにきっと怒るだろう。




絶対忍び足で家に侵入しなくては。



待たせたお詫びに買った土産もきっとそんなことより早く帰ってきて欲しいとでも言うのだろう。




俺の気も知らず。




そろりそろりと侵入する。




忍び足



しかし千鳥足。





一歩





また一歩。




息を押し殺して一歩一歩進むもアルコールを含んだ息を止めることは酔っ払いには難しい。



忍び足で行こうと思っても千鳥足にはやはり難しい。



ふらふらと歩いていると、




ギシッ




と、床が鳴った。




耳を傾けて人の気配を察知する。


しばらくしても音がしなかったので安堵した。




一歩





再び一歩。



軋む廊下を通り抜け、リビングにたどり着くと、ぱちっと灯りがついた。




「もう深夜だけど」









その圧はきっと炊飯器の中で米がうけているものよりも強かった。



シメを食べたい頭でそんなことを考える。



「お土産は?」




「…はい」



「よろしい」




許された。



酔いが覚めなくて良かったと安堵した。




少しだけ安らかに眠れそうだ。

この記事が参加している募集

眠れない夜に

ほろ酔い文学

サポートしていただくとさらに物語が紡がれます。