君と指先
以下、「2000字のドラマ」応募のために作ったお話です。
私の住む町では、毎年夏になると花火を打ち上げる。
…だとよかったのだが、実際に花火を打ち上げるのは隣にある大きな町で、私たちの町は毎年そのおこぼれをもらっていた。
家のベランダからでもまあそれなりに見ることができるし、ここ2年はそうしていた。
「いや~暑い暑い。さっき久しぶりに会ってね。随分背が伸びたわねーあの子。で、20時に迎えに来てくれるらしいから準備しとくのよ。」
母は買い物から帰ってくるなり、流れるようにこう言った。
話に脈絡がないのはいつものことだが、今回はさすがに娘の私でも拾いきれない。
「ねえ、ちょっと、なんの話?」
整理するとこういうことだ。
今日、母はばったり私の幼馴染である「彼」と会った。
立ち話をしているうちに、今日が花火大会だと思い出し、
「久しぶりにうちの子と河川敷まで見に行ったらいいじゃない!ちっちゃい頃はよく行ったわよね~。二人とも何も予定ないみたいだし、お母さんには私から連絡しておくわ!その間母親同士でカフェでも行っちゃおうかしら~♪」
は~。本当に母親という生き物は。
子どものことをいつまでも子どもだと思っている。
一緒にビニールプールで遊んでいる写真なんかひっぱり出してきて、「懐かしいわね~。」なんて。
時間がたてば関係も変わることなんて、大人の方がわかっているはずなのに。
私たちは中学に上がってから、ほとんど話すことがなくなった。
別に喧嘩したとか何かあったわけではない。
むしろ何もないからこそ、幼馴染ってだけで、親しく話をしたり遊んだりしない。
中学生の男女なんてそんなものだ。
うちのお母さんから誘っておいて私が断るのも変だし、向こうから「やっぱりやめとこう。」って連絡が来ないかな、なんてうだうだしているうちにインターホンのチャイムが鳴った。
「おばさんから聞いた?」
淡々とした様子で話す彼。
分かっていた。彼は昔から、よく言えばマイペース、悪くいえば無頓着な人だった。
他の男の子がブランコだ、滑り台だと走り回っていても、私と砂場で遊び続けるような子だったのだから。
中学生になり周りがすごいスピードで「男女」を意識するようになった。
大体兄や姉がいる子が「つきあう」という概念を輸入してくる。
学年で一組カップルができればもうお終いだ。
冷やかされるのを恐れた私が、彼を苗字で呼ぶようになっても、彼は私のことを名前で呼び続けた。
「いきなり苗字とか意味わかんない。」と。
彼の言い分の方が正しい。けれど、正しいだけじゃ上手くいかないこともあるんだ。
私の家から河川敷まで約10分。
特に話すこともなく、昼に比べたらまだ涼しさを感じる道を、二人で黙々と歩いた。
気まずさなんて感じているのは私だけみたいだ。
河川敷の丁度真ん中らへんが、私たちのいつもの場所だった。
人が少なくて花火が見やすい。
まあ、あの頃はお母さんたちもいたけど。
2年ぶりにきた今日も同じ場所に腰を下ろす。
花火が始まるまであと15分もある。
さすがにずっと沈黙は厳しい。
「ねえねえ、最近テニス部どうなの?試合とか!」
「うーん、まあ、いつも通り。強くもなく弱くもなくって感じ。」
「そっかあ。でもうちのお母さんから、個人戦ではけっこう成績いいって聞いたよ。スポーツ推薦の話も来てるらしいじゃん!どうするかもう考えた?」
「推薦は受けない。この先ずっとテニスで食べていくつもりもないし。高校へは勉強して受かったところに行くよ。」
「そうなんだー。まあ、頭もいいもんね。私だったら推薦なんて来たら飛びついちゃうよ。受験ほんと無理すぎる。この間の模試もさ…あ!そうそうテニス部といえば、女子部の副キャプテンの子すごいモテてるよね!細くて、白くて、顔もかわいいし!外で部活してるのになんであんなに白いんだろうね?でもいいなあ~。男子ってみんなああいう感じの子好きだもんね~。」
「みんなってことは…あ、花火。」
始まった。
もう無理に話題を振らなくてもいいだろう。
どうせ音でよく聞こえないし、後は花火を見てさっさと帰ろう。
気前がいいのか、隣町の花火大会は一度始まってしまえば、間髪いれずどんどん打ち上がる。
毎年変わりばえのないラインナップだが、けっこう綺麗だ。
今の状況について考えるのを止めるため、集中して見た。
案外あっという間に、ハートだの星だのが出だした。終盤だ。
彼が身じろぎし、膝の上に乗せていた左腕を地面に下ろす。
その瞬間、彼の手がほんの少し、私の手と重なる。
花火の音が遠くなる。
色も形もよく見えない。
体中の熱が全部、重なった指に集まったみたいだ。
小さい頃砂山でふれたあの手じゃない。
こんなの知らない。
彼は花火を見ている。
どちらから手を動かすわけでもなく、かといって私たちがそれ以上重なることはなく、花火は終わった。
私を家まで送り、彼はまた淡々と「おやすみ。」と言って帰っていった。
まさか彼は気づいていなかったのだろうか。
それとも…。
指先に宿った熱は、まだ溶けない。
(2008文字)
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