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リーディング小説「お市さんforever」第二十一話 男の嫉妬は、女の嫉妬よりもねちっこい

男の嫉妬は、女の嫉妬よりもねちっこい

私は兄上の「百日忌法会」を、京都の妙心寺に定めた。私は秀吉の決めた寺を知って「あらあら」と目を見開いた。
彼は織田家にゆかりの深い寺阿弥陀寺で、会を予定していた。
秀吉の作戦としては、その寺で兄上の「百日忌法会」をすることで、自分を正式の兄上の後を継ぐもの、として世間に認めさせたかったことでしょう。私は文をたたみながら、「うまくいくわけがないわね」と思うと笑いがこみ上げ、ふふふっと唇の端を上げた。

秀吉の思惑通りに事は進まなかったのには、深いわけがあった。

秀吉は、阿弥陀寺の清玉上人から
「ささやかですが、こちらではもう信長様の葬儀をしました。
改めてもう信長様の葬儀を行う必要がありません。」
とにべもなく申し出を突っぱねられた。困った秀吉は清玉上人に平身低頭で三百石を進呈しますから、どうぞこちらでやらせて下さい、と言ったのね。
でも、清玉上人は頑として拒否した。
お金を積まれても心が揺るがなかった彼に、私は拍手喝さいした。

私は窓から空を眺めた。福井は夏の終わりが早い。一足早く秋に手をかけたような青い空に包まれ、清玉上人の昔の姿を思い出した。

清玉上人の母は、織田の領地である尾張で彼を身ごもったまま産気づいて倒れた。彼女を保護し無事出産させたのが、我が織田家だった。
けれど生まれた子どもの命と引き換えに、彼の母はこの世を去った。
その子を不憫に思い、大切に育てたのも我らが一族。
彼は織田の保護を受け、19歳で阿弥陀寺の住職になった。
彼は織田家に強い恩義を感じていた。
いえ、それだけでなかった。

彼は兄上を慕っていた。それも兄弟のような情ではなく、女が男を恋うような思いだった。私はたまたま見てしまった。住職になる前の彼が、兄上から与えられた着物を大切に抱きしめていた。その姿を見て足を止めた。彼はその衣を大切な宝物のように両手で抱きしめ、衣に残された兄上の匂いを吸い込みウットリしていた。でもなぜだろう?私は陰でその光景を見ながら、
不思議といやらしく思わなかった。それどころか彼の清らかな愛に胸を打たれ、涙が出そうになったのを覚えている。
そこにあったのは純粋で清らかで、叶うことのない切ない愛だった。
だからこそ煩悩を断ち切るため、彼が寺に入る決断をしたことがわかった。
その道しか、彼には許されていなかった。
彼が心に刻印したのは兄上への愛だった。

兄上の遺体は見つからなかった。
清玉上人は兄上が本能寺で討たれたことを知り、すぐ本能寺に駆け付け、兄上の遺体を連れ帰り弔ったと聞いた。私は後にそのことを彼に尋ねてみた。
でも彼はひそやかに笑みをうかべるだけで、何も答えなかった。彼は本能寺から連れ帰った兄上の遺体を愛おしく抱きしめただろう。
今や彼のものだけになった、兄上の身体を。
義姉上の遺体も一緒に連れ帰ったかどうかは、わからない。
男の嫉妬は、女の嫉妬よりもねちっこいから。

兄上の魂は、義姉上のものに。
兄上の亡骸は、彼のものに。
こうやって兄上は死してなお、強い愛に抱きしめられた。
もしかしてこうなることを知っていて、我が一族は彼を大切に育てたのかもしれない。
巡りめぐる愛。
それを、おかげさま、と呼ぶ。

秀吉は、清玉上人の兄上に対する激しい愛と執着を知らなかった。お金で解決しようとした秀吉は結局、恥をかき大徳寺で法要を行うことになった。私と勝家は妙心寺で兄上の「百日忌法会」は行った。兄上を悼む荘厳な式だった。私達は二人仲良く並び、天国の兄上(そして義姉上に)手をあわせた。
勝家は約束通り立派な式にしてくれたので、私もこの時ばかりは彼を誇らしく思い、ご褒美に彼の腕に手をかけた。勝家は目じりを下げて喜んだ。私は心の中でちょっぴり「うまく餌付けできたわ」と思ったの、あら、失礼。

この時の兄上の戒名は、清玉上人がつけた「天徳院殿」をもとに、「天徳院殿龍厳雲公大居士」になった。秀吉は同じ日、大徳寺で兄上の「百日忌法会」を行った。兄上の4男の秀勝を養子に迎え、彼を立てているように見せかけ、自分が兄上の後を継ぐことを暗に見せた会のようだった、と後に聞いた。そして兄上の戒名を「総見院殿」とした。この戒名が、また争いの火種になった。

そして、これは何年後かのお話・・・

清玉上人は、本能寺の変から3年後に亡くなった。
その時に秀吉はこの時の恨みをはらすように、清玉上人の阿弥陀寺を移転させた上、阿弥陀寺の敷地も小さくさせた。まさしく彼のねちっこい嫌がらせ
の復讐よね?
しょぼくなった阿弥陀寺は、お参りする人もがくん、と減ってしまった。
困り果てた阿弥陀寺に、手を差し伸べた家があった。これも兄上のご縁だった。兄上の小姓をしていた美少年の森蘭丸。
女の私から見ても色白で、ゾクッとするほどの美少年だったわ。
兄上の寵愛を受け、いつもそばにいた。
この森蘭丸の一族が、阿弥陀寺を援助したの。
だから阿弥陀寺は何とか維持できたのね。
ここにも「おかげさま」があった。

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しなやかに生きて幸せになるガイドブック

嫉妬は、あなたの波動を下げます。

女よりも男の嫉妬の方が粘着率が高いです。

嫉妬を持つよりも「おかげさま」の気持ちの方をたくさん感じましょう。

あなたは「おかげさま」を感じることが、ありますか?

それは巡り巡って、あなたに届いたご恩送りかもしれません。

「おかげさま」は、あなたの波動を上げる言霊。

喜んで受け取り、あなたもまた誰かに送りましょう。

それが、女性のしなやかさ。



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