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リーディング小説「生む女~茶々ってば~」第二十話 愛しすぎると人は・・・

愛しすぎると人は・・・

秀吉という後ろ盾を失った私は、秀吉の遺言に従い秀頼と共に大阪城に移った。私は息子の生母、豊臣の母として誇り高い女王のように胸を張って入城した。秀吉亡き後のこの城こそ、私の城だ、という感覚があった。ようやく私は自分の根城を見つけた。だが女王はもう一人いた。一見穏やかな顔で私達を出迎えた寧々だ。秀吉は私に、自分の亡き後は寧々と手を取り合い秀頼を補佐するよう命じていた。あの女と手を取り合うなどまっぴらで、城に入った当初は彼女を排除し、秀頼に近づけないよう考えた。

しかし大阪城で寧々が、秀吉の家来達や大名達に絶大な人気があることを知った。彼らは寧々を秀吉と同じくらい敬い、命令に従う。寧々を排除することは、彼らを敵にまわすことだ。仕方ない、と私はため息をついた。寧々と手を組むしかない。それは秀頼のためだ。秀頼のためなら寧々に頭を下げよう、と唇を噛み決意した。

実際、寧々はよくやってくれた。彼女がいたから、秀吉亡きあと勢力を伸ばしてきた徳川家康との仲も保たれていた。だが私は寧々が疎ましかった。和を重んじる寧々に対抗するように、私は彼女に反発した。それが豊臣に不協和音を生み、内側から少しずつ崩れていくことに私は気づかなかった。

翌年、大阪城に居づらくなった寧々は大阪城を去った。だが寧々が城を去るよりも、勢力を伸ばしている家康を阻止することに意識が向いていた。妹の江は、家康の息子秀忠に嫁いでいる。秀忠と江との間に生まれた長女千姫は秀頼の許嫁(いいなづけ)だ。この縁組は秀吉存命の時に決められていた。姪の千姫が秀頼の妻になることは、本来であれば喜ばしいことだった。だが私は千姫の後ろにいる家康を警戒した。私は彼が見えない手を豊臣政権の中に伸ばし、侵食することを恐れた。

その翌年、豊臣の中で徳川におもねる勢力と反徳川勢力が争い、関ヶ原で戦が起こった。これにより豊臣は一枚岩で秀頼を支えていないことが露見した。石田三成が率いた反徳川勢力は、出足こそ好調だったが、いくつもの裏切りと見誤りで敗退した。私は三成の行動に賛同しながら、この戦が秀頼の勅命とすることを拒んだ。
三成より家康との縁を大切にしておかねばならなかった。
三成が勝利すれば、その時三成につけばいい。
どちらにも味方しない中立の立場を取り、この場を乗り切った。関ヶ原の戦いは家康が勝利し、三成は処刑された。

これから豊臣はどこに舵を取ればいいのか迷った私は、寧々の元を訪れた。だが自分から会いに行ったくせに、寧々を前にすると自分の失態を見せられたようで、何も言えなくなった。黙ったままお茶を手にする私を見あぐねたのか、寧々が口を開いた。

「淀様、豊臣は秀頼様にかかっています。
が、秀頼様はまだあまりにも幼い。
秀頼様をサポートできるのは、母であるあなたしかいません。
あなたまで落飾してしまったら、秀頼様はどうなるでしょう。
どうぞ、淀様は秀頼様をしっかりサポートして下さいませ」

寧々は言った。

私はぬるくなったお茶を一口飲み、寧々を見つめて言った。

「そうですよね。
私が、しっかりしないといけませんよね。
寧々様、どうぞ今後共、私達親子にお力をお貸しください」

寧々の力がまだ必要だった。だから秀頼のために寧々に頭を下げた。寧々はそんな私の気持ちを見透かすように

「秀頼様は、秀吉のお子ですから私のお子でもあります。
ねぇ、淀様
あなたは私のこと、子どもを産んだ女ではないから何もわからない、と思っていますよね?」

と痛い所を衝いてきた。やはり彼女は私がそう感じ、どこかで見下していたことを知っていた。
言葉に詰まった私を見つめ、寧々は続けた。

「たしかに私は、子が産めませんでした。
産めるわけなどありませんでした。
でも鶴丸様も秀頼様も、秀吉は本当に可愛がっていました。あなたは秀吉が本当に望んでいたお子を、彼に与えてくれました。お子達を得た秀吉の喜びようと、幸せな姿を見ているだけで、私は幸せでしたよ」

どこか遠くを懐かしむ顔をして寧々を見て、私は一番聞きたかったことを口にした。

「ならば、ならば、なぜ、秀頼が生まれた時、この子が豊臣に災いをもたらす、と言われたのですか?
私はこの言葉がずっと胸に突き刺さっています」

寧々はじっと私の目を見た。その強い視線に思わず目を背けそうになったが、心に刺さった小骨を取るために耐えた。

「あの時、秀吉は秀次に一度関白を譲ったのです。
でも秀頼様が生まれた事で状況が変わりました。我が子に関白を譲りたい、と願うのは親として当然でしょう。
が、秀次も養子とは言え、秀吉の息子であり、血のつながった秀吉の甥でした。身内が血で血を洗う争いになることが、目に見えていました。

秀次だけでなく、秀次の一族郎党をすべて殺してしまった責めは、この豊臣が一生背負う事です。
どこかでその責めを受ける時が来るでしょう。
私はそれを一番恐れ、あの時そう言ったのです」

私は思わず、座っていた膝を立てて叫んだ。

「秀吉様のやったことが、秀頼に災いとなってくる、とおっしゃるのですか?秀頼は何もしていないのに、おかしいではありませんか!!」

「哀しい事ですが秀吉が秀頼様可愛さのために、やってしまったこと。
秀頼様は生まれてくる時に、こうなることを十分わかっていた上で、淀様のところにやってきたのでしょう。とても勇気あるお子です」

寧々は畳の目を数えるように、そっと目線を下げて言った。私は寧々に噛みついた。

「秀頼が豊臣のためにすべての災いをかぶる、とでも言うのですか?」

寧々は顔を上げ、私の目を見た。

「それが、上に立つものの宿命です。
秀吉とてどれだけの血を流し、殺戮を繰り返し、天下を取ったことか。
その責めを受け、幼い秀頼様を残し先に旅立つことになったのです」

私は我慢できず、ついに立ち上がった。

「私が秀頼を守ります!
あの子に災いなど、寄せつけません!」

寧々は静かな目で、私に言った。

「淀様、秀頼様をお守りできるのはあなたしかいません。
でも一つだけ気をつけて下さいね。

秀吉は秀頼様への愛が強すぎ、身内を殺すという間違った方法を取りました。
愛が強すぎると、人はまちがった道を進みやすくなります。
愛しすぎると、人は罪を犯しやすくなるのです。

私もその一人です。
どうぞ、それだけを心にお留め下さい」

私は立ったまま黙って寧々に頭を下げ、部屋を出た。私はいたたまれずその場から逃げたが、寧々の言葉が後を追うように耳に残った。

「愛が強すぎると、人はまちがった道を進みやすくなる。
愛しすぎると、人は罪を犯しやすくなる」

大阪城に戻る道すがら、輿に揺られ考えた。我が子を愛するのは、親として当然のはず。なのに、どこで何を間違える、というのだろう?

「愛しすぎると、人は罪を犯しやすくなる」またこの言葉が耳元でこだまする。

罪とは何だ?
どうして秀頼が、秀吉の罪を背負わなければならない?
私が秀頼を一人前に育て、立派な関白にすればいいだけだ。
その上で善い政をする支配者になり、みなに尊ばれたらいい。
そうすれば、秀吉の罪も消えるだろう。
秀頼に災いが及ぶことなど、ないはずだ。

そうなる未来を一生懸命頭で描いた。そうなると信じたかった。握り締めた両手にじっとり汗がにじんだ。

寧々が犯した罪とは、何だ?
まさか秀吉以外の男と寝ることがあったのか?
寧々への疑惑が頭の中でグルグルしたが、封印した。寧々のことなど、どうでもいい。私が考えるのは、秀頼のことだけ。
秀頼を立派な豊臣の跡継ぎに育て、天下を治めてもらうだけ。


その頃、家康は治長に
「家康様は、淀様と豊臣秀頼様が光成率いた西軍になど味方していないことを信じておりますので、大丈夫です。ご安心ください」
とわざわざ伝えにこさせた。

嫌な予感がする。家康は三成よりも、かなり手ごわい。
治長は後で、声を潜め言った。

「茶々様、徳川様には十分お気をつけ下さい。
あの方はとても恐ろしい相手でございます。
いずれ、秀頼様の前に立ちはだかるような気がいたします」

私は気を引き締めた。
そして、治長に伝えた。

「私もそう思っているわ。
だけど、今彼を敵に回すのは得策ではない。
治長、家康様に伝えて。
私が心より感謝している、と」

私の新たな戦いが始まった。

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