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リーディング小説「お市さんforever」最終話 自分に正直に生きる

自分に正直に生きる

女は覚悟を決めると強い。準備ができた私は、まるでピクニックにでも出かけるように軽やかな気持ちだった。この世からあの世へ、ただいるステージが変わるだけ、そう思っていたから早く命を断ちたかった。だって痛いのは一瞬でしょう?!
だけど、この期に及んでも勝家はグズグズしていた。やはり男の方が未練がましい。紙と墨を取り出し「辞世の句を残しておかねば・・・」と、こきこき墨を擦り始めた。

私はそんな勝家の姿を見るとイラッとして「私はそんなの要らないわ!」とプイッと横を向いた。そんな私をなだめすかすように
「いえ、お市様、これは後世に残るものですから、よい句を考えなければなりません」
そう言って、勝家は腕を組み目をつむって考え込んだ。
私は「えっ、ここで時間稼ぎ?!」と思わず彼を二度見した。
勝家は片目を開けチラリと私を見て、紙と墨を差し出し言った。
「ほれ、お市様もお書きください!」
えっ、私も?命を断つにもいろいろ儀式があって面倒ね、と思いながら筆を取り、サラサラと書いた。
「さらぬだに 打ちぬる程も 夏の夜に 別れを誘う ほととぎすかな」
(訳)そうでなくっても早くあの世で眠りたいのに・・・
夏の夜に別れを誘うホトトギス、早くわたしを迎えにいらっしゃい!


さっさと書き終え、墨が早く乾くように紙をヒラヒラ振る私を見て焦ったのか、勝家も慌てて辞世の句を書いた。

「夏の夜の 夢路はかなき あとの名を 雲井にあげよ 山ほととぎす」
(訳)わしの人生は、夏の世の夢のように儚いものだったのう。
だが山ホトトギス、見よ!
この世を去る時は、若い絶世の美女である愛妻がわしと共に死んでくれるんじゃ!
どうじゃい!うらやましいじゃろう!
男の夢じゃろう!
そんなわしの名を、後々まで語り継ぐがいい!!

私はドヤ顔の句を見たら、まっ、勝家ったら、と思い可笑しくなった。こんな緊迫したシチュエーションなのに、フフフと笑ってしまったわ。
「おお、お市様、笑ってくれましたか!
わしは、最後にお市様の美しい笑顔が見れ、本当にうれしいですぞ!!」
そう言った勝家は私の足元に跪き、うつむいて拳で涙をぬぐった。

私は子どもの頭を撫でるように、てっぺんが薄くなった勝家の頭をやさしく撫でて言った。
「ありがとう、勝家。
少しの時間だったけど、ここで娘達の父親になってくれて。
あの子達に家庭を味わわせてくれ、心から感謝しています。
本当に、ありがとう。
私は妻として、よい妻ではなかった。
あなたもわかっていたと思うけど、私の夫は、長政さんただ一人。
これは誰が何と言っても、誰に何を言われようとも、譲れなかった。
夫としてあなたを愛せなくて、悪かったわ。
でも私、あなたと結婚したことは後悔しなくってよ。
夫婦の愛ではないけど、あなたは織田家に尽くし恩義と愛をずっと持ってくれた。
こうやってあなたとこの世を去ることが、あなたの自慢になるならそれでいいの。というか、私があなたとこの城で命を断ってあげるのだからもっと自慢しなさい。そこは猿よりあなたの勝ちよ!勝家!」
ふふふ、勝家に最後まで恩を着せてやったわ、と私は笑った。

うつむいた勝家は「もったいないお言葉でございます・・・」とさめざめ泣きぬれていた。
けれど、いつまでもこうしてはいられない。

私は着物のたもとをグッと開き、白い肌をむきだし勝家に叫んだ。
「さぁ、勝家 私の胸を刺しなさい!」
勝家は初めて見た私の白い肌とそこに続く乳房のふくらみに、戸惑っていた。私は続けて叫んだ。
「早くするのです、勝家!
私の息が止まったら、いくら私に触れても構いません!」
勝家は両手を握り締め決意したように顔を上げ、刀を抜いた。

「お市様、ごめん!」
白刃がキラリと光り、大きく振られた。その刃がスローモーションのようにゆっくり私の胸にのめり込んだその時・・・・・・
私の魂はすでにスルリ、と身体から抜け出ていた。
上から刃が突き刺さったまま、静かに崩れ落ちていく自分の亡骸を眺めていた。絶命した私は微笑みながら、どくどくと胸から血を流していた。
「お市様~~~!!」
勝家は血に染まった刃を抜き、真っ赤に染まった私の胸元に顔を埋め、私の名を叫んだ。勝家は顔を歪め涙と鼻水でぐしゃぐしゃになりながら、宝物のように私の亡骸をかき抱いていた。それを見届けた時、ふわりとあたたかい手に包まれた。
「お市」私を呼ぶなつかしい声が聞こえた。
うれしい予感に振り向くと、やさしく微笑んだ長政さんがいた。
「長政さん、遅いわ・・・」
私は口をとがらせ、すねて見せた。
「待たせたね。
さぁ、一緒に行こう」
長政さんは私の手を引いた。
懐かしい長政さんの手。私はしっかり握り返し彼を抱きしめた。
「逢いたかった・・・
やっと逢えた・・・
もう二度と離さない」
「私もだ、お市」
私達は抱き合ったまま、ふうわりと風船が空に上がるように、その場から離れていった。城が落ち火に包まれるのを見下ろし、下界からどんどんどんどん離れていった。私は長政さんに胸に抱かれ、その光景を見ながら娘達の幸せを祈った。

「おーい!」
また懐かしい声が聞こえた。
「兄上?兄上なの?」
ニコニコ笑って手を振る兄上と義姉上がいた。
「遅かったなぁ、お市。
待ちくたびれたぞ!
長政も、じりじりしてたんだからな!」
私は長政さんを見あげた。彼も穏やかに笑っている。ああ、こちらの世界では兄上も長政さんと仲良くしているのね。よかったわ、と私は安心した。兄上がまた叫んだ。
「ほら、お市、船が出るぞ!
お前が来るまで船を出すのを待っていたんだ」
「えっ?みなこの船に乗るの?
これからどこに行くの?」
兄上は上を指さした。
そこは白く眩い光に包まれていた。
私達の乗った船は、ゆっくり上昇しその光に吸い込まれていく。
その時、はるか下から私を呼ぶ声が聞こえた。
「お市さ~ん!!」
「はぁ~い!」私は呼ぶ声に答え、船から身を乗り出し両手を口のそばに当て叫んだ。

「女達、自由に生きるのよ!
欲しいものや、やりたいことをあきらめてはダメ!
しっかり手に入れなさい!
愛を受け取るのよ!
forever!!」

終わり

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しなやかに生きて幸せになるガイドブック

あなたは今、自分に正直に生きていますか?

ほしいものは、ほしい、と言っていますか?やりたいこと、やっていますか?

もしあと一週間でこの世を去ることになっても、後悔しませんか?

後悔しない生き方、選んでいますか?

お市さんがあなたに伝えたかったメッセージ
受け取って下さいね。

それが、女性のしなやかさ。


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