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「リーディング小説お市さんforever」第二十六話 女は聖女にも悪女にもなれる

女は聖女にも悪女にもなれる

秀吉は自分を攻めていた滝川一益に、怒涛の反撃を開始した。秀吉がどんどん領地や城を取り戻したのに対し、一益は坂道を転がるように負けていった。
勝家は盟友の姿に触発され、兵を出す準備を始めた。
私達はあの日からほとんど口をきかない。この日も醒めた目で、出陣の支度する彼を見た。娘達はそんな私達を見て、ひそひそ話をしていた。
私は彼女達がこの城に居る時間はそう長くはない気がし、着物や金など高価な物をすぐ持ち出られるよう侍女に命じた。侍女達はすぐ動き始めた。
娘達にはまだ何も話していない。話せるわけもない。

特に長女の茶々は荷造りを指示した私を見て、一緒に城を出ると信じている。美しく成長した茶々と初と江の姿を見るとぎゅっ、と胸から内臓を取り出されるように辛くかった。切なさで涙がこみ上げそうになるのをぐっ、と飲みこんだ。
「ごめんなさい。
母は、あなた達と一緒にこの城を出られないの。
でも、まだそれをいう時ではない。
勝家は一応あなた達の父親でもあるから、その威厳は最後まで保ちたい。
どうか、母を許して」私は不安そうに妹二人を抱きしめている茶々を見て、心の中で両手を合わせ詫びた。そして
「どうか、どうか、私の命と引き換えに、あの子達が幸せになりますように」と今度は神様と長政さんに祈った。それだけが今の私の願いだ。

膝まで雪に埋もれ、吹く風が肌を突き刺し骨まで染みるように寒い2月、ついに勝家は京に向け出陣を決めた。出陣の日、私は手をつき勝家に頭を下げ
「ご武運を、お祈りします。」と淡々と告げた。
眉間に皺を寄せた勝家は「うむ」と短く返事をし、城を出た。
馬に乗った彼の背中は一回り小さくなり、心もとなく見えた。
その時彼の後ろ姿が、もやもやしたグレイの影に覆われているのが見えた。私はハッと目を見開き、立ち上がった。私は気づいた。それは負けを意味する「負」のオーラだ。その瞬間「ああ、これが勝家の最後の戦だ。
彼は死を覚悟して、戦に向かったのだ」と悟った。なぜか、凱旋し誇らしそうに胸を張る勝家の姿がイメージできない。とことん「死」のイメージしか見えない。私は立ち上がったまま、茫然とした。

私にも煙のような負のオーラをまとっているかも、と不安になり自分の手足を見回した。白くすべすべした美しい手は、寒さと冷えでおばあさんの手のように皺が寄り血管が浮き上がっていた。
手から立ち上る死の匂いから、自分が黄泉の国に足を踏み入れたことを知った。でもその道は私にとって、虹色のヴァージンロード。きっと長政さんが手を引きにくる。私は喜んでその手を取り、一緒に行くわ。今なら、行ける。もう、迷わない。今度こそ、もう離れない。

私は目を閉じた。黄泉の国の花嫁となり、もう一度あの世で結ばれる自分達をイメージすると、悲しみや辛さより喜びでるるる、と胸が震えた。
その時、何かに袖を掴まれハッ、と夢から醒めた。「母上!母上!母上!」
強く袖を引っ張り、私を呼ぶのは12歳の江だった。
「どうしたの、江?」江は泣きそうな顔で言った。
「さっき、母上はここにいないお顔になっていた・・・
しかも、うっすら笑っていたの。
なんだか、怖かった・・・」私は江が昔、本能寺に行くのを止めたことを思い出した。
その時は、長政さんがこの子の身体を借り出発する私達を止めた。
何かの気配を敏感に察するのが、一番末の娘江だ。
「母上は笑っているけど、どこか遠くへ行きそう。そんなの嫌!父上も戦に行ってしまったし・・・」江は私に抱きつき、激しく泣き始めた。茶々と初も不安そうな顔で私達を見ている。私はやさしく江の背中を撫でながら
「そうね、父上が無事、戦で勝利して城に戻られるよう祈りましょう」
と、心にもないことを口にした。
江はしっかり私の手を握り、うなずいた。

勝家が無事この城に戻れるかどうか、そんなことはどうでもいい。
万が一勝家が戦死したら、勝家の命を受けたものが私の命を断つだろう。
勝家が私の命を取るのか、勝家が命じた者が私を殺すのか、誰に殺されても、行き先は同じ。
私は生きたままピンに刺されたまま、翅を広げた蝶だ。
北ノ庄城という標本の中で生きたまま殺され、名前だけを後世に残す。
勝家は私という蝶を自分の標本に加え、黄泉の国へと旅立つ。それが勝家の望み。

ええ、それは叶えてあげる。
でもね、それは私の亡骸、もぬけの殻よ。
標本に私の心はない。
心はあげない。あげるものですか。心だけは、最後までにぎりしめ長政さんのところに行くの。誰にも止めさせない。

周りから見たら、私は勝家の無事を祈る聖女だ。でも心の中でこう思う私は悪女かしら?
周りに見せる姿と心の中がちがうのは、女によくあること。
女は聖女にも悪女にもなれる。
どちらにも愛はある。
愛のカタチが違うだけ。

私は標本の蝶になる日を祈った。
身体を脱ぎ捨て心だけを持ち、愛する人と再会する日を願った。

周りの家来や侍女達は、一心に祈り続ける私を見てすすり泣いていた。

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しなやかに生きて幸せになるガイドブック

あなたは自分のことを、聖女だと思いますか?悪女だと思いますか?

その日によって変わり、顔を合わす人によって違うのではありませんか?

女はどちらにもなれます。
どちらになっても、いいのです。
今日のあなたは、どちらを生きましたか?

あなたが本音で生きやすい方を選びましょう。

それが、女性のしなやかさ。


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