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リーディング小説「生む女~茶々ってば~」第二話 愛されている自信がない

愛されている自信がない

私は自分の名前が、すきではなかった。
「茶々」この名によい思い出など、ほとんどない。

私は父浅井長政と母お市の長女として生まれた。
初と江という妹達も生まれた。
妹の初と江は「浅井」も「織田」も背負わされることなく、自由だった。
でも母は長女の私だけに
「あなたの中に、浅井と織田の血が入っている。
なんとしても、その命を守りなさい」
と言い聞かせ育てた。あの頃はどうして私だけ、家系や血筋を負わされるのかわからなかった。何度も自分に「私はどうして長子、それも女を選らんで生まれたの?」と問いかけた。そして浅井も織田も関係なく、あっけらかんと屈託なく生きる妹達をうらやましく思った。

「お姉様が一番父上にも母上にも可愛がられたじゃない。
私達は父上の記憶もほとんどないし、母上はいつもお姉様を頼りにし、そばに置いてた。家を背負うくらい当然じゃなくって?」そう言った次女の初は、織田と同盟が破れた時に生まれた。
誕生を大っぴらに喜ばれなかったことを肌で感じながら育ったせいか、彼女は冷静に物事を見極める。だから私に嫉妬をくるんだ言葉を投げつけた。

一番下の江は、伯父の信長に可愛がられた。
彼女は直感が強い。繊細に見え、一番末っ子らしい図太さも持っていた。
私達が伯父信長と一緒に本能寺に行くのを止めたのも、江の病気だった。後になり母はこっそり「あの時、父上が江の身体を借り、助けてくれた」と私にだけ話してくれた。

母は娘の私達を救う事を条件に柴田の父に足止めされ、北ノ庄城で命を断った。母も一緒に城を出るとばかり思っていた私は、城を出る寸前まで母が残ることを知らなかった。
母と最期のお別れの時、三人で母の話を聞いたのに、妹達は何も覚えていなかった。彼女達は母が城で死ぬ覚悟を聞き、ショックで泣きじゃくっていた。だから私だけが、母の言葉を遺言として受け取った。
自分を貫くこと。
後悔せぬよう、生き抜くこと。
心だけは、自分に正直に生きること。
誰かのために生きるのではなく、自分のために生きること。

それは、正しい。
そうやって生きたい。
でも、そうは生きられない。
そうは生きられない者に残された言葉は、呪縛だ。

私達が庇護してもらった相手は、生まれ育った城と父、そして母と柴田の父を討った相手だった。強い力を持つ彼が、私達をどう扱っても文句は言えない。母はそんな相手に私達を託した。それでも母だったら自分の信条を貫いて生きたかもしれない。
母はどんな環境でも立場でもそこに順応して生きる、しなやかさを持った人だった。いつも自分に自信を持っていた。
その自信は自分が尊敬する兄信長に愛されていた、という自負心からだった。

それに比べ私は愛されている、という自信がない。
浅野の父が亡くなった時の私は、まだ幼かった。
城を出て伯父の家にいたが、母はそばにいてもいつも心ここにあらずで、自分の恋に忙しかった。母に寄り添ってもらった思いがなく寂しかった。
だから私は妹達に、自分が母にしてほしかったことをした。

夜中にふっと目覚めると、母の寝床が空いていた。暗闇の中、このまま母に置き去りにされる気がして怖かった。目覚めた妹達も母を呼び、さみしがって泣くのでぎゅっ、と抱きしめた。
眠りにつくまで子守唄を歌った。母が昔私に歌ってくれた歌だ。
妹達が字が書けるようになったり、お裁縫が上手にできたらほめた。
全部ぜんぶ、私が母にしてほしかったこと。
ほめてもらいたかったことだった。

北ノ庄城を出た私は、十七歳だった。
城から出てきた私達は、敵の大将羽柴秀吉の前に連れて行かれた。
彼は私の顔を見て、猿に似た顔をくしゃくしゃにし喜んだ。
とても嬉しそうだった。
これまでそんな喜びにあふれた顔で、迎えられたことはなかった。
「敵なのに、どうして?」と、不思議だった。

が、その後にもたらされた母の自害を知り、彼は子どものように大声で泣きじゃくった。
人目もはばからない泣き方を見て
「ああ、彼は母がすきだったのか・・・。その母に似ている私を見て、喜んだだけ」と悟った。
さみしい敗北感と誰にも必要とされない悲しみが、冷たい北風のように心に刺した。足元がぐらり、と揺れ今にも倒れそうだった。
私は彼が私達の命の手綱を握り、運命を操ることを知っていた。今よりもっと強くならねば、と自分に鞭打って背筋を伸ばした。
足の震えを悟られないようしっかりお腹に力を入れ、震える声を押さえ
「さぁ、初、江、まいりましょう」と言った。
そして私は品定めをするような秀吉の視線を背中に痛いほど感じながら、前を向いた。

この時私は、誰かのために生きるのではなく、自分のために生きることを決めた。それをできない立場や環境だからこそ、敢えて挑戦してみることにした。それができたら、私は今よりもっと自分をすきになれる気がする。

そう思いながら、一歩ずつ足を進めた。

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したたかに生き愛を生むガイドブック

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