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リーディング小説「お市さんforever」第二十四話 自分の闇に目を向けるのがこわい

自分の闇に目を向けるのがこわい

12月、猿は勝家の領地近江の長浜城を包囲した。
もちろん私のところには、それより前に情報が入ってたわ。

長浜城にいたのは勝家の養子の柴田勝富。勝家の姉の息子で形だけの養子の勝富は、勝家のやり方に不満を抱え、勝家と仲が悪かった。
この情報も私の耳にちゃんと聞こえていた。
だから私は
「長浜城、彼に任せたら危ないんじゃない?
あそこ、猿に攻められたらすぐ落とされるわよ」
とアドバイスしていたの。
でも勝家は、勝富のことを信頼していたのね。
「あそこは勝富が守っていますから、大丈夫ですわい!」
と胸を叩いていたの。
「そんなに信頼しても大丈夫?」
と思っていたら案の定、勝富は反撃もせず、さっさと秀吉に降伏したの。早くない?!


しかも秀吉はそのまま勢いに乗り、勝家についていた兄上の三男で、私の甥の信孝が守っていた岐阜城まで手を伸ばしてきた。
これは、私の耳にも入ってなかったわ!「なにそれ?!自分の主筋の城まで、攻めてくる?!」私はその知らせを聞き、思わず立ち上がった。悔しさのあまり唇を噛み、手に爪が食い込むくらい固く握りしめた。「おのれ、猿め!猿の分際でどこまで欲張りなの!!」やっぱり奴は、貧乏人の成り上がりよ!そう心の中で猿をののしって、こぶしで足を叩いた。

信孝も秀吉の進撃を予想し城を守っていたらしいけど、あまりに彼の勢いが強かったのと兵力の差が激しすぎて、こちらも早々にドロップアウト。
どうしてもっとうまく立ち回らないのかしら?兄上のDNAは、どこよ?!降伏した信孝は殺されることもなく、領地も取り上げられなかった。
秀吉は信孝が後見人だった兄上の孫の三法師を手に入れ、彼につていた兄上の次男の信雄を三法師の後見人にすげ替えた。これって、勝家にとっては不利な状況よね?勝家の立場や面子はどん!と落ちたのだから。

これら一連の出来事は、どっちつかずの立場を取っていた武将達に大きな影響を与えた。秀吉と勝家のどちらにつけば有利か?!、と迷っていた武将達は秀吉の手腕を見て、彼についた方が有利で大義名分が立つ、と判断した。秀吉は味方になる武将達と、この城を責めるのに有利な近江も手に入れた。

私はなぜこの時期に猿が動いたか、わかる。
勝家が雪で動けないからだ。
わかっていたけど、もっと時間がある、と思っていた。
だからこうして秀吉に密書を送り、時間稼ぎをしていたの。
でも、奴の方が上手だったわね。ここまでスピーディーに進行してくるとは・・・奴は私の裏をかき、出し抜いてきた。
私はそばにあった湯飲み茶わんを、畳に投げつけた。残っていたお茶は飛び散り、茶碗はころころ転がり壁にぶつかって欠けた。勝家とお揃いの夫婦茶碗だった。

驚いた侍女が畳をふき茶碗を片付ける姿を見て、私はどこで自分がまちがえたか、思い出すように目を閉じた。女は甘い言葉に弱い。私はあの猿の密書に書かれていた「すきです」という言葉に惑わされた。すき、と言われた自分が立場は上だ、と思い込んだ、心のすきにつけこまれた。
今考えたら、それも秀吉お得意の目くらましだった。
私はそれに気づきながら、わざと見逃したのだろう。だけどこれらは全部、言い訳。都合よく勝手に自分がそう受け取っただけ。

この私が自分自身に言い訳?なんのために?どうして?!
深く考え自分の闇に目を向けるのが、怖かった。だからこの世の終わりを閉ざすように、もっと強く目を閉じた。
その時、私の手がそっとあたたかい手に包まれた。「ああ、長政さんの手だ」そう思い目を開くと、茶々だった。茶々は私の手を握り「母上、この城も危ないの?またお城が焼かれてしまうの?」と震える声で聞いた。
私はハッ、とした。長女の茶々は、生まれ育った小谷城が焼け落ちるのを目にした。その記憶は夜中に何度も夢で現れ、彼女を苦しめた。
三姉妹の中で一番深い悲しみを抱えた茶々の瞳が、涙で揺らめいている。その黒く美しいまなざしでは、どこにも逃げずまっすぐ私を見ている。
私は思わず茶々を抱きしめた。
「大丈夫よ。このお城は、母が守るから。
何かあっても、あなた達は無事に逃がします」
「私達だけじゃ、いやよ!
母上も一緒にお城の外に出ましょう!」
「ええ、母もあなた達を置きざりにしないわ。
お父様が無事、私達を逃がして下さるから安心して」

そう言うと、茶々は泣きながら私に抱きつき
「母上、一緒に・・・・・・これからも一緒に生きてまいりましょう!!」
と言った。私は彼女を強く抱きしめながら、ああ、長政さんの代わりに愛おしい娘が生きよと言っている、と思った。だから茶々の顔をしっかり見つめ
「ええ、生きてまいりましょう。この先もずっと。父上の分まで」と言った。
茶々は気づいたと思う。私が口にした父上とは勝家のことでなく、長政さんのことだと。こっくりうなづく茶々を見て、私は彼女の涙を指でぬぐった。私達は顔を見合わせ、そっと笑った。この城が落ちても、親子四人の時間が続くと信じていた。
だけど私は気づかなかった。
ふすまの向こうで、勝家がその言葉を聞いて身体を震わせていたことを・・・
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しなやかに生きて幸せになるガイドブック

あなたは甘い言葉に惑わされていませんか?

その言葉を自分に都合よく受け取っていませんか?
その言葉の裏側にある真実を見てみましょう。

自分の闇を見るのは、こわいです。

勇気がいります。

でもその闇は、愛おしいあなたの一部。
あなたそのもの。

そこに何があると思いますか?

闇から目をそらさず、向き合ってみましょう。

それが、女性のしなやかさ。


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