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リーディング小説「お市さんforever」第六話 愛され妻のヒミツ

愛され妻のヒミツ

ついに浅井と織田の戦が始まった。城内ではみな戦に向け威勢のいい掛け声が上がっている。それを目にしている私は複雑な気持ちだった。知らず知らずの内、眉間に皺が寄っていたのだろう。織田からついてきた侍女のさきに「お市様、お顔に皺が・・・・・・」と言いよどまれ、ハッ!と気づいた。彼女が心配そうな顔で私をのぞきこんでいた。「大丈夫よ、さき」と笑顔を作り答えると、ホッとした表情になった。私は笑顔と裏腹に兄信長のことを考えていた。

兄上はまだ浅井が織田を裏切り、敵対する朝倉側についたことを知らない。
兄の信長はああ見えても情に厚く、一度信じた人間はとことん信じる分、自分を裏切った人間には容赦はしない。兄上は長男でありながら、母上に疎まれ生きてきた。影で唇を噛み、涙を流し、血を流してきた。この戦国の世でなければ、純粋な兄上はもっと伸びやかに生きられただろう。

今回の浅井の決断は兄上の心を引き裂くだろう、と思うと私の心が引き裂かれたように痛い。私は庭に出て、空を眺めた。人間の思惑など関係なく、青い空はそ知らぬ顔でどこまでも続いている。織田までも続いている。このまま浅井の裏切りを知らない兄上が浅井が味方だと信じ、進んだら織田は全滅だ・・・私は胸が痛くなり、ギュッと強く両手を握り締めた。兄上は、夫が朝倉についたとは、夢にも思っていないはず。それは卑怯だわ。ここは知らせた上で戦うのが、フェアだと思う。だまし討ちなんて、一番いやだわ。
舅が喜ぶだけだし・・・

自分がどうしたらいいか、空を見上げながら考えた。その時、庭に鳥がチチチッ、と鳴いて木にとまった。いち早く見つけたさきが「ヒヨドリでございましょうか?」と言った。よく見るとヒヨドリは嘴には何かくわえていた。それを見た時、閃いた。私は手をポン!と鳴らして言った。「さき、小豆を持ってきて。」

頭の良い侍女なら他にもいるけど、このお役目は彼女がいいことを、直感した。私は陣中見舞いと称し、小豆を包んだものをさきに持たせた。袋に包んだ小豆の両端は、結ばれている。頭のいい兄上はこれを見て、浅井が織田を裏切り、浅井・朝倉が織田が挟み撃ちにしようとしている事を察するだろう。私はさきに「これを、兄上のところに」と命じた。さきはポカン、としている。

「あの・・・お市様、この小豆は何でしょう?甘いもの好きの信長様に、ぜんざいでも作って下さい、ということでしょうか?」さきのこの言葉に私は自分の直感が間違いないことを確信した。そして彼女の能天気な明るさに救われ、笑顔で言った。「そうそう、そんな感じ♡甘いもので、元気になってね!と兄上に伝えておいてね」とウインクした。

陣中見舞いとしてさきが織田の陣地に持っていくが、浅井の情報を流さないように、浅井の家来が見張りとして一緒について行く。さきは甘党の兄上を知っているので、小豆を持って行くことにみじんの疑いもしない。さきがそう信じているのだから、浅井の家来もそう思うだろう。騙そうと不審な動きをするから、相手に気づかれてしまうのだ。

私はさきを城から出した後、部屋に戻り机の前に座った。文箱から墨を取り出し、墨をすった。水が少しずつ黒く墨になり、私の指も黒く染まる。これは私の裏切りか陰謀だろうか?やはり私は実家の方が大切なのだろうか?そんなことを自分に問いかけながら、夫に手紙を書いた。
「浅井が織田を裏切ったことを、兄上に伝えましたよ」と。

手紙の墨が早く乾くよう、私は手紙をゆっくり右手で振った。姑息な手段を使った戦で浅井が勝つのではなく、正々堂々と戦って勝ってほしい!フェアプレイで勝ってこそ、戦だ。これでフェアだわ。たぶん夫は舅に、私のしたことを言わないだろう。私も非難しないだろう。なぜなら夫こそが一番、卑劣な手段を使って織田と闘うことを嫌がっていたからだ。

そう考えながら手紙を振っていたら、墨もすっかり乾いた。私はその手紙をきちんと折り目正しく折った。それでも、いつか私がしたことがわかり浅井や朝倉で私は非難されるだろう。それは覚悟しておこう。私に対する風当たりもきつくなり、嫌がらせされるかもしれない。だけどそれが何?

私は家臣を呼び、夫への手紙を託けた。家来が去っていく姿を見ながら、胸を張った。私は自分に遠慮なんてしない。そんな生き方は選ばない。
私は私のすることに、胸を張るわ。女を甘くみるものでは、なくってよ。

しばらくして織田が退却した、と聞いた。兄上が私の伝言に気づいたのだと知り、嬉しくなった。でも周りに浅井の家臣もいるので、笑みを作らず神妙な顔で「まぁ、そうだったのね」と一言だけ言った。でも心の中で、さすが兄上!と拍手喝采した。後で一人になった時、結局兄上、あの小豆を見て怒り狂いながらもぜんざいにして食べたんだろうな~と思うと、クスッと笑えた。やがて夫も引き上げ、城に帰ってきた。

その夜、二人だけの薄暗い寝室で夫は私に向き合って座った。私は正直に小豆をさきに持たせた話をした。夫は苦笑しながら「ようもまぁ、考えたもんだ。だがお市、お前ならそうするとわかっていた」私も笑顔で夫に言った。
「ええ、そうでしょう?私はあなたに卑怯な手段で兄上に勝ってほしくないの。正々堂々と戦って、勝ってほしいだけ。あなたは、それができる人だから。そう信じているから、私は自分に遠慮せず動いたの」

夫はそんな私を抱きしめ、そのまま寝床に押し倒した。夫のやさしく熱い愛撫が始まった。私は悦びの声をあげ、震えながら夫にしがみついた。このままとけて浅井も織田も一つになればいいのに、と思いながら快感に貫かれていった。

どんな私でも愛される。
自分に遠慮しない私だから、愛される。


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しなやかに生きて幸せになるガイドブック

何かをする時、自分目線でなく他人目線になっていることはありませんか?

それは、自分以外の誰かの気持に意識があること。

~をした時、周りにどう思われるだろう?
~をすると、嫌われるんじゃないか?

自分の気持より相手の気持ちを重んじ、嫌われないようにしていませんか?

相手に遠慮することばかりで、自分の気持ちは後回しにしていませんか?

自分に遠慮しないとは、周りや相手の気持ちではなく、自分の気持に一番寄り添うこと。

それはあなた自身が一番大切な人だからです。
あなただけが、あなた自身を一番に守り愛せます。

自分に遠慮せず、自分の気持ちを一番に感じ、誰よりも自分を愛し、信じるからこそ・・・
自分以外の人に愛され、信じられます。

それが、女性のしなやかさ。









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