見出し画像

【ミステリーレビュー】透明人間は密室に潜む/阿津川辰海(2020)

透明人間は密室に潜む/阿津川辰海

2020年に刊行され、瞬く間に話題作となった阿津川辰海の短編集。


あらすじ



透明人間が"病気"として存在する世界設定における殺人事件を描いた表題作をはじめ、裁判員裁判に選出されたメンバーが、それぞれスタンスの異なるアイドルオタクだったら、をテーマにした法廷ミステリー「六人の熱狂する日本人」、とにかく耳が良いという特徴を持つ山口美々香が、録音された犯行現場の謎に迫る「盗聴された殺人」、リアル脱出ゲームが開催されているクルーズ船内で、拉致監禁事件が発生する「第13号船室からの脱出」の計4編。
ユーモアのある設定と本格ミステリーの醍醐味が混ざり合うノンシリーズ短編集。



概要/感想(ネタバレなし)


表題作の設定だけは事前に目にしていて、文庫化されたのを機に即購入。
ノンシリーズを書くという目的はあったようなのだけれど、この設定で連作短編を作ってもいいのでは、と思うほど尖った設定だったなと。
体が透明化する、という病気がある世界。
その中でのリアリティを突き詰めに突き詰めていて、透明人間だから人を殺してもバレません、では終わらせない緊迫感が魅力的であった。

あらすじを見た中でのインパクトは、やはり表題作がダントツ。
読みたくなる作品で惹きつけて、著者の本質とも言える多彩なミステリーの世界に誘導するという戦略が見事である。
おそらく、「六人の熱狂する日本人」など、あらすじだけでは、そこまで"読みたい!"とはならないのだと思うが、読んでみるとなかなかどうして面白い。
そういう出逢いのきっかけを生み出す作品とも言えるのかと。

結局、特殊設定と言えそうなのは、透明人間ぐらいなのだが、それでも正統派とは言えないプラスアルファの要素があり、飽きさせない。
4編、すべてで作風が違うともいえ、この多彩さも、ミステリーに造詣が深すぎる著者だからこそ。
トリックそのものに派手さがなくとも、斬新な切り口に見えるような工夫が絶妙で、十分に新進気鋭な風格は漂っている。



総評(ネタバレ注意)


まず、「透明人間は密室に潜む」だが、これはトリックどうのこうのというより、透明人間という設定を、いかにリアリティを与えるかというところに趣向を凝らしている。
倒叙モノにしてはいるが、どんでん返しのタネとして動機は多く語らないようにしており、SFサスペンスとしてではなく、きちんとミステリーとしての味わいを残しているのもポイントだ。
探せば突っ込みどころは出てくるだろうが、特殊設定のルールを明確にして、フェアプレーにこだわる精神こそ、新本格の血筋である。

「六人の熱狂する日本人」と「第13号船室からの脱出」は、アイドルにリアル脱出ゲームと、著者の趣味を、著者の仕事にクロスオーヴァーさせた実験作と言えるのかもしれない。
ノリと勢いに任せてコミカルに展開する前者と、脱出ゲームとしての問題から作り込んだというディテールが圧巻だった後者。
それぞれ対比はあるが、どちらも好きだからこその背景の掘り下げが物凄くて、好き嫌いはともかく、行動原理の納得感は十分すぎる。
そのうえで、最後にやはりひっくり返す。
シリーズ化しそうもない、この2作品が、実はこの短編集の醍醐味だったりして。

「盗聴された殺人」については、一芸に秀でた探偵(見習い?)モノ。
嘘を見抜くことができる能力を持つ探偵が登場する"館"シリーズに近い設定ではあるのだが、音で何かを推測するという面白さと、推理をするブレインは別にしたことで、物語としての盛り上げも作り出すプロットの上手さが、短い中にドラマを生んでいる。
探偵役のキャラが、もっともはっきりしていることもあり、もう少し活躍が見たいコンビであった。

ミステリーとしての癖は強いが、読みやすい。
一風変わった、だけど正統派の面白さもあるミステリーを簡潔に味わえるため、そりゃ話題になるよな、と納得の1冊だ。

#読書感想文


この記事が参加している募集

#読書感想文

191,896件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?