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【ミステリーレビュー】蒼海館の殺人/阿津川辰海(2021)

蒼海館の殺人/阿津川辰海

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葛城&田所コンビが再登場する、令和版"館シリーズ"の第二弾。

「紅蓮館の殺人」の続編にあたる本作。
タイムリミットサスペンスと本格推理小説の合わせ技、という作風はそのまま踏襲。
今度は台風によるダムの決壊で、館が沈むのは時間の問題という状況に追い込まれてしまう。

学校に来なくなった名探偵・葛城に会うため、友人の三谷を連れて葛城が滞在している蒼海館に行くことになった田所。
台風の影響で、館に宿泊することになった田所たちだが、その夜、凄惨な殺人事件が発生。
雨足が強まっていく一方で、アイデンティティを喪失し、心の傷を負った葛城はふさぎ込んだまま。
前作では山火事、本作では洪水と、災難続きの高校生コンビ。
館が沈み切る前に、真相を突き止めることはできるのだろうか。

600頁超という分厚さに怯んでしまいそうになるが、なるほど、前作以上のギミックが多い。
前作で投げかけられた問い、"探偵の存在意義"への回答を導き出す過程を丁寧に書き綴っていることもあり、読み終わってみて、無駄が多かったかというと、そんなことはなかった。
ただし、前半は殻にこもったままの葛城と、悶々と葛藤している田所の煮え切らない態度により物語が進まない印象はあって、前作を踏まえて読んでいないと退屈に感じてしまうかもしれない。

しかしながら、中盤から訪れる"対話"以降の、伏線がひとつひとつ繋がっていくカタルシスは物凄い。
我慢させられた分、お釣り付きで返ってきた感があり、ラストまでの怒涛の展開には、アドレナリンが放出されて一気読み。
ミステリーの古典からのオマージュが意図されているのであろうトリックにはツッコミどころも見られるが、「紅蓮館の殺人」のラストに残ったモヤモヤも含めて吹き飛ばしてくれるとは思わなかった。
前作から読むのが前提となるので薦めにくさはあるが、言い方を変えれば、前作を読んでいるならこちらも読まなきゃ損であろう。



【注意】ここから、ネタバレ強め。


"顔のない死体"を現代風に昇華するとこうなるのか、と。
言ってしまえば、トリックのもっとも肝な部分であるにも関わらず、セオリー通りすぎてわかりやすい......のだが、最初にその説を出した田所が、理論的に否定されることによって、読者の選択肢から消したのは上手かった。
もっとも、否定の根拠となった"体格差"について、結局、誰も気づかなかったのかよ、とは突っ込みたくなるけれど。

地下通路を発見すれば逃げられる設定があったからか、やや緊迫感に欠けてしまった前作と比べて、タイムリミットの設定も効いていたかな。
犯人の居場所の特定が危機からの脱出に繋がると葛城が確信しているからこそ、危機に陥っても推理を続けるしかないという展開も、前作と同じ設定の中で意義は異なるというコントラストの違いがあって奥深い。
ハラハラ感はもっとあって良かった気もするが、解決編まで安否不明の黒田が、自然災害に巻き込まれたのか、殺人事件に関係しているのか、謎解きのファクターとして選択肢を増やす要素にもなっていた。

それにしても、一番の名探偵は、夏雄ではなかろうか。
子供だから、といって黙殺されるが、彼の発言をきちんと紐解くと、ほとんどネタバレ状態である。
いくら奇矯の子とはいえ、意味のない発言はないだろう、という読者側のスタンスで読んでいれば、犯人にはあっさり辿り着いたのでは。

その意味では、謎解き要素はきっかけにすぎず、"探偵の存在意義"についての掘り下げが本作における著者の狙いだったのかと。
とすれば、2作である程度、完結してしまった感があるのだが、果たして、葛城&田所コンビの続編はあるのだろうか。
意義を見出し、無双化した葛城を見たい気持ちと、若者らしく葛藤していてほしい気持ちが半分半分。
新キャラの三谷も物語を動かすポテンシャルを持っていそうなので、トリオでの続編もいいな、なんて夢想をしてしまうのだけれど。


#夏の読書感想文

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