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【ミステリーレビュー】紅蓮館の殺人/阿津川辰海(2019)

紅蓮館の殺人/阿津川辰海

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新進気鋭の作家、阿津川辰海による令和版"館シリーズ"の1作目。

ファンである文豪の邸宅に行ってみようと高校の合宿を抜け出した田所と葛城は、落雷による山火事に巻き込まれる。
なんとか館に辿り着き、避難することに成功するが、炎が館まで到達するのも時間の問題。
そんな中、館の内部で死体が発見される。
全焼まで約35時間。
真相を暴くか、脱出を目指すか、葛藤している間にもタイムリミットは近づいていく。

早い話、タイムリミットサスペンスと、本格推理小説を、同時並行的に料理してしまった作品。
特に本格ミステリー要素は全部盛りといったところで、からくり屋敷に不可能犯罪、アリバイ崩しに探偵vs探偵。
登場人物全員が何やら怪しいわりに、動機についてもよくわからず。
とにかく謎が多い中で、探偵役の葛城は、嘘を見抜く特殊能力持ちときた。
リアリティよりもギミックを追求するタイプの作風なので、そこで好き嫌いは生まれるだろうが、真相が気になるという意味では、夢中になって読み続けられる作品であった。

ただし、正直なところ、タイムリミットサスペンスの部分は弱いと言わざるを得ないか。
読者は、神の手によりあと何時間で消失するかが知らされているものの、登場人物は楽観的に考えているのか、最後の最後まで余裕がある印象。
これ以上捜査をしたら危険が及ぶなど、真相と命を天秤にかける部分はほとんど見られず、そこを起因としたハラハラドキドキがあまり生まれてこなかったのは少し残念。
もっとも、それでも面白いと思わせるだけのロジックのアクロバットは見られるのだけれど。


【注意】ここから、ネタバレ強め。


詐欺グループに女盗賊、殺人者から元探偵まで、出るわ出るわの隠れた真相。
館内で行われた殺人事件は、結局1件だけと本格ミステリー的には物足りなさが残るも、中盤以降は、常に何らかの真相が明らかになっては驚かされる。
あからさまに盛りすぎて大変なことになっているが、そもそも高校生の素人探偵が何度も殺人事件に出くわしてしまう世界線。
やりすぎぐらいで気持ち良いほどだ。

ただし、2件目の殺人事件が起こらないことで事故説が支持されるなど、"次は誰だ"の疑心暗鬼が発生せず。
脱出を優先するのは仕方ないとして、もっと人間関係でバチバチがあっても良かった気がする。
もちろん、事故死と処理させたい思惑を持った人間がいた、という伏線でもあるのだが、設定が活かしきれず消化不良になっている部分があるのも事実だろう。

結局のところ、著者が書きたかったのは、"探偵"の存在意義。
事件を解決することが、最大多数の最大幸福になっているのかというメタ的な視野も含んだ問いかけである。
とにかく嘘に敏感で、若さ故に真実こそすべてと愚直に突っ込む葛城と、真実を暴いてしまったがために相棒が殺人事件に巻き込まれ、探偵であることを諦めた飛鳥井との対比。
ついでに、ミステリー好きな凡人として田所をワトソン役に据えつつ、相棒として機能しなかった場面を描き、ミステリーにおける"探偵という生き方"についての議論を誘発させようとしたのだろう。

もったいぶって、結論を話さない葛城に読者がイライラすることも見越しての永遠のテーマ。
結局、全員に何かしらの傷だけが残るというすっきりしない後味にモヤモヤを抱えつつも、続編ではどう落とし前をつけるのか、かえって興味が沸くというもの。
文章の粗さについては、まだ若手ということで目をつぶるとして、このシリーズがどう転んでいくのか、はやく見届けたくなってきた。

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