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我が家のヒットソング

私の父は今どきの言葉でいうとオタクだ。
大して広くもない家には山のような本とレコード、贅沢に組まれたオーディオ機器が積み上がっているし、その上乗り物にも目がないので自宅には何十万、下手すると百万円以上する自転車が4台(乗る人は1人…)、バイクも車ももう何回乗り換えているのか数えられないほど。

私が子供の頃はそんな家庭である事がもどかしかった。私はトヨタとかホンダのファミリータイプの車にUFOキャッチャーで取った人形がぶら下がってるような家庭と、普通のお父さんに憧れていた。私の父は昔も今も日本のティピカルな父親像とはかけ離れている。(ホンダのファミリータイプの車に乗ることだけは叶ったんだけどね)

でも、20歳を過ぎた頃からそんな我が家が結構面白いことに気付いて、さらには「蛙の子は蛙」になっていた。いまの自分は父と母を綺麗に2で割ったような人間だと思う。

幼少の写真を見返すと、3歳の私が大きなピースを掲げて誇らしげに乗っていた三輪車はデンマーク、ボーネルンド社の真っ赤なモデル。
うん、ちょう可愛い。

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本格的に自分でも小説を読み始めるようになると、大抵の本は買わなくても自宅に置いてあって、実家はレンタル自由な図書館だ。

乗り物だってそう。ポルシェ、ベンツ、サーブ等、質の良い車を乗り比べる経験なんて、これから自分じゃ絶対やらないことだと思う(とか言いながら今後やったりしてね、、。)

今となってようやく、オタクになれない気質の私が長い時間を掛けて染み込ませてもらった文化的バックグラウンドに感謝したい場面が増えてきた。

そんな我が家のヒットソングの中から、思い出深いものをいくつかまとめてみた。

① Waltz For Debby - Bill Evans Trio

この曲は私が親から貰った人生のテーマソングだと思う。Take2が特に好き。
子供の頃から沢山音楽を聴かされてきたけど、大人になってから自分でいちばん聴いていて、こんな人になりたいと自分を奮い立たせてくれる。華やかで上品な曲。

この曲が収録されているアルバムのジャケットデザインも好き。薄い影の方にだけ顔の輪郭が象られていて、まるで外見は仮面でしかないと言われているように感じてしまう。

タイトルのDebbyが誰なのかということと曲に込められた思いを調べてみると、彼の姪っ子 子が成長していく寂しい気持ちが込められているのだとか。

② 自転車に乗って / アイスクリーム - 高田渡

子供の頃お気に入りだった。これら以外の高田渡さんの曲は全く記憶にないので、この二曲はよっぽど沢山聞いたのかな。今だに完璧に歌い通せる。

昔のフォークソングの背景知識なんて全く持ち合わせていないけど、具体的な歌詞でありながらも保たれる品性から、日本語と音楽が掛け合わさることへの奥深さを感じる。それから、音に温度があっていいよね。

とっても短い曲にキュンとする言葉が詰まっている。

アイスクリーム
私の恋人よ
あんまり長く放っておくと
お行儀が悪くなる

いつか高田渡さんを知る同世代の人に出会ってみたい。

③ Yellow Submarine / Black Bird - The Beatles

ビートルズの中から一曲選ぶなんて無理、というくらい塊として何度も何度も聴いてきた、というかありとあらゆる場面で流れていたし、今でも頻繁に流れている。だからビートルズが大好き!と思う暇もなく身体の中には溶け込みきっていた。

今「ビートルズが好きなのでイギリスに来ました!」っていうと自分のなかで若干の語弊があるけど、大なり小なり影響はあるのかもしれない。

あと、高速道路を爆速で進む時にもわりと頻繁にかかっている。合間合間に「ここのドラムが一瞬遅れるところがリンゴスターの醍醐味で彼の手癖が云々…」などと父のウンチクが挟まるのだが、残念ながら私の乏しい記憶タンクには全く具体的な情報が残ってない。

そんな中から敢えてこの二曲を選んだのは、子供の頃の鮮明な記憶として今も情景が思い浮かぶから。

Yellow Submarineはよく歌ってた記憶がある。「Yellow Submarine」が聞き取れなことはお構いなしに「やっらさっまり〜」と無茶苦茶に歌った。

Black Birdは父がよく夜にアコースティックギターのフレーズを弾いていた。綺麗だなと思って、高校生になってから自分でも耳コピした。

当時熱中していたエレキベースも初めて触ったのはバイオリン型がかわいいヘフナー・500-1だった。ポール・マッカートニーのこともよく知らないままに。でも当時は弦楽器を随分上手く弾きこなしていたなぁ。

④ 氷の世界 - 井上陽水

週末の午前中、そこそこ迷惑な音量、お構いなしで井上陽水がよく流れていた。ちょっと、近所迷惑!!!と同じくらい大きな声で怒鳴りながら起きたこともしばしば…。ってこれだけだと悪い記憶みたいだね。でも、The Beatlesと同じくらい沢山聴いた、というか流れていた記憶がある。

私日本語が好きなのでどうしても歌詞に目がいってしまうんだけど、井上陽水の歌詞って本当に凄い。ここにはあげなかったけど「最後のニュース」の歌詞は今の世にさえ強く響く。そんな詞がもう30年近く前に生まれていたなんて、誇らしいような、全くその通り過ぎて悲しいような。

闇に沈む月の裏の顔をあばき
青い砂や石をどこへ運び去ったの
忘れられぬ人が銃で撃たれ倒れ
みんな泣いたあとで誰を忘れ去ったの

飛行船が赤く空に燃え上がって
のどかだった空はあれが最後だったの
地球上に人があふれだして
海の先の先へこぼれ落ちてしまうの

今あなたにGood Night
ただあなたにGood Bye

暑い国の象や広い海の鯨
滅びゆくかどうか誰が調べるの
原子力と水と石油達の為に
私達は何をしてあげられるの

薬漬けにされて治るあてをなくし
痩せた体合わせどんな恋をしているの
地球上の酸素、窒素、フロンガスは
森の花の園にどんな風を送ってるの

⑤ (I can't get no) Satisfaction - Rolling Stones

バンド名を無視して「あっかんべー」と呼んでたな、ローリングストーンズと聞くと今でも頭の中で(あっかんべーの人たち)と補足しちゃう。

⑥ ゴールデン・ハーフの太陽の彼方 - ゴールデン・ハーフ

「乗ってけ乗ってけ乗ってけサーフィン、波に波に波に乗れ乗れ」のフレーズを歌いながら父が自分のお腹の上で私(と弟と飼い犬)にサーフィンごっこをさせていた記憶。

私の記憶に残っているのは私がお腹の上に乗れないくらい成長したあと飼い犬相手にやり続けていたからだと思う。幼き自分はきっと喜んでいたんだろうけど、犬は結構迷惑そうに不安定な二足足で立たされ付き合わされていた。

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◇◇◇

掘り起こせば懐かしい曲はいくらでも出てくるんだけど、キリがないからこの辺で。
90年代の懐メロ集になってしまっても面白くないから当時のランキング上位曲を外したけど、PUFFY、ポケビ/ブラビ、サザンオールスターズ、モーニング娘。などなども沢山聴いてました。

音楽って情景を呼び覚ましてくれるから良いよね。

最後に初めての発表会のお写真を。鍵盤を全く見ないで弾きあげた3・4歳の頃の私。多分曲はロシア民謡の「テュラテュラ〜」の曲。笑
ピアノまた練習したいな〜。

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この曲我が家でも流れてたよ!なんて偶然があったら面白いな、最後まで読んで下さりありがとうございました :)

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