20/07/2020:『赤橙』

ドライブ 今 1

入り組んだ高速道路は夜の街を動脈のように巡っていて、過ぎ去っていく街灯と、いつになっても近づかないタワーのイルミネーションが遠近感に僅かなズレを生み出していた。

業務用のバン。灰皿には山盛りの吸い殻。飲みかけの缶コーヒー。バックシートを外した後部には音響機器や照明道具が乱雑に積まれている。

「整理されていないように見えるやろ?」

彼はくわえタバコで言った。半分まで下ろしていた窓を全開まで下ろして、肘を乗せる。

「見えるね。いつ見ても。」

僕は思ったままのことを伝えた。

カーブのたびに透明なボックスは左右に動き、ブレーキを踏むごとに鉄パイプは音を立てていた。

「でも俺の中では完璧に、あるべき場所にあんねや。」

カーラジオからはパーソナリティの声が聞こえる。でも、僕らは注意して耳を傾けているわけでもないから、話の内容はわからなかった。

出口まで100mの看板が出てきた。そのままスピードを落とさずに走り続ける。防音壁の切れ間にタワーの頭が見えると、高速道路は右にゆっくりと舵を切りながら、僕らを動脈に乗せて運んでいった。

                 ・・・

電話 2ヶ月前 1

「あいつの行方、まだわからんか。」

彼から連絡が来たのは2ヶ月ほど前で、その時点で僕らの共通の友人ートリオのうちのもう1人ーが姿を消してから半年が経っていた。

特別なメッセージを残すわけでもなく、あるいは一般的な言伝もなく、彼は僕らの前からいなくなった。そして残された僕らは、特段それを気に留める事もなく日々を過ごしていた。大学を卒業してからもう9年だ。毎日連絡を取り合う年齢でもないし、ベタベタとやり取りをする間柄でもなくなった。ただ、青春の一時期を共に濃く過ごした3人、今もどこかで繋がっている気がしていて、それだけが僕らを結んでいた。

「うん、まだわからない。あいつからはもちろん、例の人からも連絡がないんだ。」

半年前、彼の弁護人だと名乗る人から、何の前触れもなく連絡が来た。

「彼はあなたに手紙を残しています。もしものことがあったら、お伝えするようにと申し付けられておりますので、ご連絡差し上げました。」

「もしものこと、とはどういうことですか。」

「まだ我々も全体を把握し切れておりません。しかし、彼からの連絡が、事前に取り決めていた期限を過ぎても更新されなくなりましたので、私たちといたしましても”、もしものこと”、という程で進めていくことになったのです。」

本人から何も聞かされていていない上に、連絡してきたこの弁護人もイマイチ信用のできない風だった。その電話以降、こちらから折り返しても決して応答はしないし、文面上のやり取りでも返事は向こうの都合でしか帰ってこなかった。

「何やねん、それ。残された方のことも考えろや。」

僕の気持ちをそっくり代弁してくれた。いつだって残される方が、消え去っていく側の何倍も面倒で、時には悲しさや辛さも伴うのだ。

「ま、ええわ。取り敢えず、ちょっとドライブでもしよか。」

そうして僕らはこの都会の動脈を2ヶ月ぶりに走ることになった。

                 ・・・

ドライブ 今 2

トンネルの手前で車線を変えた。

「巡回中、スピード落とせ」と掲げられた電光掲示板。黄色い車体をかすめるように僕らはトンネルを突き進んでいく。

幾千もの車が流れる動脈の中、道路巡回車は決して妥協を許さずに、自身のペースを守っている。トンネルの天井にはオレンジ色の照明がずっと並んでいて、夜の太平洋を渡る鳥たちにも見えたし、でも、ただ単に光り群がる甲虫のようでもあった。

「きっと、彼らの荷物はきちんと整理されてるだろうね。」

「あぁ、せやな。でも、それはあっちのやり方でな。」

トンネルの中では電波が遮断され、カーラジオはザーザーと音を立てるばかりだった。

「どうしよか、あいつのこと。」

トンネルの出口が見えそうなとこで、彼が投げかけた。

「待つしかないよ。だって、僕らは残された側の人間なんだし。」

「待つ、ってどれくらいや。」

「さぁ、わからない。でも、僕らが生きている間、かな。そりゃ、あいつは1人でいなくなったさ、自分勝手に、乱暴に。加えて、僕に連絡をよこしてきた人だって、僕の都合については前提条件的に無視を決め込んでいる。そんな2人に対して、憤りを感じているよ。でも、少しだけ我慢して、想像してみるんだ。今、あいつは、もしかしたら1人でいるかもしれない。孤独で暗いどこかの端っこで、1人、血を流しているかもしれない。一方の僕らは、それぞれ事情がありながらも、こうして孤独を分け合うことができる。どうだろう。待つ、ということは、その孤独を少しずつ分け合うことなんじゃないかな。」

「ふん、せやなぁ。」

バックシートで揺れ動く荷物のように、どっちつかずの返事だった。

残された僕らは、待つしかないのだろうか。きっとそうだろう。

孤独を分け合える僕らは、そうして生きていくしかない。

トンネルの出口が見えてきた。

巨大なセメントに篭った轟音を後ろに振り切って、僕らは夜の空へと再び送り出される。

カーラジオが電波を拾い直していた。

目の前にはっきりとタワーの明かりが見えた時、僕らはそれすらも追い越して、どんどん動脈の中を進み続けていく。

懐かしい曲がスピーカーから聞こえてきたけれど、彼はまた窓を全開にして、タバコに火をつけた。

僕は、タワーの明かりが孤独を照らしてくれはしないかと、少し思った。

・・・

今日も等しく夜が来ました。

赤いレンガをそっと積み上げる作業、そんな毎日です。

ACIDMANで『赤橙(Acoustic)』。



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