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子どもの最善の利益の観点から彼らのデジタル環境を考える

日本と欧米社会における子どものデジタル環境に対する考え方の違いとは


子どもとデジタル環境への取組:国際機関と日本

 インターネットの利用が子どもたちに広がり始めたのは、1990年代後半から2000年初頭の頃でした。インターネットは、子どもたちに「光」と「影」の影響をもたらしました。その当時、違法・有害情報、交流サイトにおけるミスコミュニケーション、ネットいじめ、性犯罪者との遭遇など、インターネットの影の部分に対する対策が、日本のみならず国際社会共通の政策課題でありました。
 日本においては、2009年に青少年インターネット環境整備法が施行され、子どもたちのインターネット利用環境の整備に向けた政策的方向性は、フィルタリングなどの技術的保護と、自らリスクに対処できるように彼らの意識とリテラシーを高めるための啓発教育の普及であり、それらの取組を産官学の協調的な連携により推進して行くことが目指されています。
 一方、経済協力開発機構(OECD)では、2012年に「オンラインの子どもの保護勧告」が策定され、国際的協力体制の基、子どものインターネット利用環境整備の取組が講じられました。この勧告においても、子どもたちのリテラシーの醸成を推進して行くこと、その取り組みを産官学の協調体制により推進して行くこと、さらにそのような取り組みを国際的な協力を得て推進して行くことが国際社会に向けて勧告されました。

国際際機関が目指す子どものデジタル環境政策と日本の保護政策

 しかし、日本とOECDの政策には、根底となる理念的な差異があると言えます。両者において、子どもがインターネットの利益を享受し、彼らの日々の生活や未来のためにインターネットを活用するための環境を整備しようとする方向性は共通しています。しかし、OECD勧告では子どものインターネット環境における権利とそこでの表現の自由を尊重した上での保護政策を講じることを目指しているのに対して、日本の環境整備法においては子どもたちの「権利の擁護」は一部言及があるものの、それが法体系の軸を成しているとは言えず、表現の自由においては明確に言及されていないのです。
 これらのことから、日本の政策は、子どもたちは守られる側であり、保護される存在であるという意味合いが色濃い政策を講じようとしているのに対して、OECDの政策では子どもはインターネット社会に参加する権利主体であるという意味合いが強い政策が講じられていることが理解できます。

政策の根底にあるデジタル環境における子どもの権利

 ではなぜ、OECDの政策においては、子どもたちのインターネットを利用する権利が大前提に置かれているのでしょうか。勿論、日本に比べ、欧米社会は人々の権利意識が高く、それは子どもたちにとっても同様であるという価値観の違いもありますが、それだけの問題とは言えません。それは、OECD勧告は、国際連合の子どもの権利条約の理念が、この勧告の理念にも包含されている一方で、日本の環境整備法においては、この条例が参照されることなく制定されたという政策理念上の違いがあるのです。

 近年において、デジタル環境は目覚ましく進化を遂げ、子どもに関する政策は、インターネットのみならず、デジタル環境全般に対応していく必要に迫られています。そのようなデジタル環境の変化の中、欧州法議会では2018年に「デジタル環境における子どもの権利の尊重、保護、履行のためのガイドライン」が策定されました。OECDにおいても、2012年の勧告が2021年に改訂され、「デジタル環境の子どもに関するOECD勧告」として新たに勧告されています。さらに、OECD勧告に連動するように、G7では「G7インターネットの安全原則」が、G20では「G20デジタル大臣宣言」が宣言されています。さらに、UNICEFでは、「子どもに関するAI政策ガイダンス」が策定され、子どもへのAIの影響を踏まえたデジタル環境政策の方向性が示されています。

子どもの最善の利益の前提

 これらの国際機関および国際的な会議体の政策理念には、共通の価値観が存在します。それは、子どもの権利条約に定められた「子どもの最善の利益」を前提としていることであり、その上で子どもたちのデジタル環境整備のための施策を講じることが目指されているのです。
 日本においてインターネット環境整備法の法案が検討されていた2008年当時は、拡大するインターネットのリスクから、子どもたちを守ることが急務でした。そのことから、リスク対策としての子どものインターネット利用環境政策が講じられてきたのですが、今日の国際動向を踏まえると、デジタル環境における権利主体としての子どもたちに対する政策に舵を切りなおす必要があると言えるでしょう。

GIGAスクール構想に求められる子どもの最善の利益の視点
デジタルシチズンシップ教育が目指すべきものとは

 おりしも、日本では、GIGAスクール構想が2021年より始まり、子どもたちのICTの活用力を育てる教育の重要性が高まっています。これは、これまでデジタルのリスクから保護される側であった子どもたちに対する政策が、デジタルを活用する側としての子どもたちに対する政策へと転換したことを意味しています。この政策的環境変化の影響を受け、今日、子どもたちに対するデジタルシチズンシップ教育に注目が集まっています。
 しかし、このデジタルシチズンシップ教育においても、日本と欧米社会において理念的な差異が存在しています。日本においては、子どもたちがデジタルを適切に活用できるようにするために、デジタル市民としての責任のある行動を求める議論が大多数であるのに対して、欧米の政策では、そもそも子どもたちはデジタル社会に参加する権利を有しており、子どもの最善の利益の観点からその権利が認められた上で、保護されなければならないという普遍的な理念が根底となっています。
 子どもたちは、現実社会だけでなくデジタル社会においても、一人一人が尊重されなければならない参加者です。彼らが発達段階であるということを踏まえて適切な方策で、彼らが自己表現できる環境を彼らとともに創っていく必要があるでしょう。


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