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中二の時だったと思います。 (クメオ先生のこと)

中二の時だったと思います。ちょうど今頃の季節でした。
放課後、帰ろうとしてふと廊下の窓から外を見ると、ぼた雪がしきりに降っていました。向こうの、葉っぱがみんな散ってしまった柿の木に、柿の実が幾つもついていました。その一つひとつ全部に、雪が積もっていました。

それを何とはなしに眺めていると、一年の時の担任だった久米夫先生、クメオが通りがかって私を呼び止めました。そして私が見ている柿の木を指さして、

「おめぇ…あれを見て何と思う?」

面食らってしまいました。何しろ、私はただぼぅっとしていただけで何も考えていなかったので。するとクメオは、

「オレはこう思う。あれが日本の美だ!」

思いがけない展開にまた面食らってしまいました。
ただそれだけだったのですが、そしてこれが日本の美なのかどうか私は未だによく分かりませんが、でも、毎年この時節、柿の木に実だけがついているのを見ると、必ずこの時のことを思い出すのです。

クメオの思い出はまだあって、私は中学時代、仲良しの友達から貰った手作りお菓子にあたってしまいひどくお腹を壊し(笑)、それがきっかけでひどい偏食になり、あわや、今で言う摂食障害寸前まで行ったのですが、本人は事の重大さに気付かないんですね。麻痺している。夏になって、一年ぶりにプールで私の水着姿を見たクメオは、もう担任でもないのに放課後わざわざ私の教室まで来て、「ちょっと来い…」。そして誰にも聞こえないようにしながら、私があまりにも痩せたと言って、体の心配をするのでした。私は一瞬、「人の水着姿を何見てんのよ~」と言いそうになって、ハッとしました。クメオの真剣な顔に、私はようやく自分の身に起こっていることに気がついて、これはマズい、と目が覚めたのでした。あの時クメオに言われなければ、私はどうなっていたか分かりません。

またある時、屋上のドアノブが壊されていました。屋上は危険なので立ち入り禁止、ドアは施錠されていたのですが、誰かが侵入しようとしていたというので、全校生徒が集められました。てっきり、誰だ悪戯したやつは、と怒られるのかと思いきや、マイクを持ったクメオは、
「誰か、悩んでるんだが…?何かあるんだば、言えや…」

私達は、先生達がいつもどんなに喜んだり悩んだり、頭をひねったり頭を掻きむしったりしてくれているか、その時はなかなか気付けません。ですが、先生達のほうも、なかなか気付いていないのではないでしょうか、教え子達が卒業してからも、こんなふうに先生達をよく思い出していることに。

クメオとはしばらく年賀状のやり取りをしていましたが、もう長いこと会っていません。ですが、さっき私はあることでかなり思い悩んでいて溜息100回くらいついていたのですが、なぜだかふと、クメオが今の私を見たら何と言うだろうと思ってみて、そしてありありと想像できました。

もしも、誰かを前にして、これ以上どう接したらいいのか分からない所まで行ってしまったなら、一切のマニュアルを捨てて、人間のあなたでいてください。そうしている時間を、相手はいつまでもいつまでも憶えています。そしてそれは必ず活きます。
それを縁というのではないでしょうか。

私は登校拒否も散々しましたので、学校教育の弊害も身にしみて分かるつもりです。でも一方で、だからこそ学校の有り難みも痛いほどに知っています。どうか縁を繋ぐ機会を取りこぼさないでください。
同じ縁は二度とはありません。

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