父になる瞬間に。

新潟のジャズバーに行った時のことです。
規模は小さいながらも老舗でプロミュージシャンのライブも多く、店内にはオーナーが揃えたオーディオと無数のレコード……ここまで書くと、分かる人には分かるかもしれません 笑。

その日ライブはなく、店内のモニターにはマッコイ・タイナーとジョージ・ベンソンのライブ映像が流れていました。
カウンターの奥で、一人の若い男性がもう酔い潰れて、どこか不機嫌に、真っ赤な顔をして突っ伏していました。私たちは特に気にもしていませんでしたが、彼は時々こちらの話し声にハッとして、顔を上げるのでした。

数時間が経ち、そろそろ帰ろうかと立ちかけた時……

相変わらず突っ伏してした彼が、カウンターに投げ出してあった携帯電話が鳴ったのです。
電話に出て、小さく頷いた彼は急に正面を向いて、

「……うまれた。」

店主も私たちお客さんも、一瞬呆気にとられ、そして一斉に声を上げました。
「飲んでる場合か!早く行ってやれ!」

そうして店主にタクシーを呼ばれ、腕を引っぱられながら、この「生まれたての父親」は、我が子との対面へ向かったのでした。

この時店にいた中で、私以外は皆男性でした。年齢もだいたい50歳を過ぎていてみんな子どもがいるらしく、おめでたい気分の中にもどこか微笑ましい、苦笑いのような、そんな空気でいっぱいでした。父親になる、そういう瞬間へと向かう彼の心境に皆共感できたのでしょう。

モニターに流れるマッコイとジョージにちなんで、赤ちゃんの名前は女ならマコ、男ならジョウジにしてほしい、私は勝手にそんなことを考えていました。

何か月もかけて自分自身の体の変化とともに、母親になる実感を少しずつ、体ごと強めていく女性とは違って、その女性の体と精神の変化を横で見ながら、頭で納得していく男性の、父親になるという過程。きっと女性には味わうことのない、しみじみとした思いがたくさん詰まっていることでしょうね。

この時生まれた子は、今ごろもう中学生じゃないかしら。
実際、性別も名前も知らないままですが(マコでもジョウジでもないと思う)、人の誕生……いえ、父親の誕生に立ち会った、私の愛しい思い出なのです。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?