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【創作大賞2024-恋愛小説部門-応募作品】『吸血姫 - きゅうけつき -』第二夜

「獣……貴様、亜種か! 薄汚い紛い物め。まとめて消し去ってくれる」

 背中も血で染まっているから弾丸は貫通したのだろうか? 
 全くダメージを感じさせない狼さんが笑っている。
 おかしくて仕方がないのか腹を抱えていた。

 これにはマスクマンも飲まれたのか呆然と立ったままだ。
 一頻ひとしきり笑って満足したのか自然体で向き合う身体から段違いの闘気が揺れている。

「進化、と言ってほしいね。おれに銀の弾丸は無効だ。お前は狩られる側になったのさ」

 狼さんの体がぶれた。
 マスクマンの呻く声が聞こえ、それには怨嗟が込められている。

 元の位置に立つ狼さんの右手の先に小さな肉片がつままれていた。
 マスクマンは肩を抑えている。この一瞬の間に肩の肉を削いだのだ。
 肉片を指先で弾くと汚い物でも払うように手を振る。マスクマンは激昂で身体を震わせていた。

「許さん……」
「怒ったのか? 滅ぼしてやるからかかってこい」

 双方同時に消えた。
 風が巻きわたしは立っているのがやっとだ。

 揺らいだ首元に殺気を感じ右手を後方に振り抜いたが空振りに終わった。右上空で声がする。

「姫にかまけている暇は無いぞ! 次は足をかじってやる。あははは」

 狼さんの笑い声と同時にぼとりと目の前に腕が落ちて来た。
 引きちぎられた腕は一目でマスクマンのものと分かった。
 塵となり消えてしまった腕を見て相手が吸血鬼という死者であることを再認識する。

 風が止むと、わたしの方を向いて狼さんが目の前に立っていた。

「逃げられた……まぁ、暫くまともに動けないから心配ないか」
 自分に言い聞かせているのか一人で納得している。

 狼さんのマスクはよく出来ていて首から上がすっぽり狼――それ以外は人間そのもの、口から長い舌がだらりと下がり作り物の目は皮肉が詰め込まれていた。

 わざと相手を小ばかにし機嫌を損ねるようにデザインされた意図に、ちょっと引いた。
 視界確保用の穴みたいなものは無いようで、構造的に人間向きではないようだった。

「…………助けてくれてありがとう」
 礼を述べるのは礼儀である。

 そんな狼さんはわたしの声で我に返ったのか、明らかに狼狽していた。
 わたしの存在自体忘れて戦果を自画自賛していたのだろうか。

 及び腰で遠ざかっていく。
 自信に満ちた闘気は何処へやら、見えない尻尾を丸めて今にも逃げ出しそう。

 脅威は去ったからマスクマンの事はどうでも良かった。このくらいの切り替えが出来ないと世間は渡れない。

「狼男さんですか? あの……」
「いや……その……たまたま通りがかったというか、おれの縄張りで勝手やる奴はしめるというか」

 両手を大きく振りながら尚も後退る。
 わたしはそれに合わせるようにつま先を向ける。
 距離は縮まらず防犯灯の光の外まで狼さんを追い詰めた形になった。

晴夏はるか!」
 角から現れた父の呼ぶ声に一瞬視線を向け、戻した場所に狼さんの姿は無かった。

 父は事態を察知して迎えに来たと言っていた。わたしと違って筋骨隆々だし、実際強いらしいし、狼さんとどっちが強いかななんて、どうでもいい事が頭を過った。

「間に合ってよかった」
 安堵した声と、足元が室内履きだった事をみて、本当に緊急事態だったのだと認識を新たにした。

「怖かったというよりは、びっくりした方が大きかったかもしれない」
 わたしの頓珍漢な感想に、父は肩に手を置き、優しく「家に帰ろう」と言って歩き出した。

 リビングで母と並んで座る父に事の顛末を話した。
 神妙な面持ちで聞いている母が口を開いた。

 「無事で良かった……オリジナルが近くにいるなんて」
「お母さん、日本に狼男っているんだね。この国で狼自体は絶滅してかなり経っているのでしょ? 日本語も普通に話していたし実は生き残った固有種なのかな」
「狼男は狼じゃないぞ。晴夏、襲われた事よりそこか?」

 父の話をスルーして母の返答を待った。
「そうね、わたしも初めてかしら、敵対者じゃないのなら一度会ってみたいものね」

 呑気な母の物言いに父が険しい顔でソファーに座り直した。
「縄張りと言ったのなら、かなり広範囲を制圧している筈だ。これまで気が付かなかったのはオリジナルクラスの妖気を出す敵対者とやり合っていなかったからだろう。晴夏は運がいい。狼男は敵とみなせば容赦しないから」

「わたし姫って言われた。ちょっと引いたけどね」
「言葉の綾でしょ?」母が笑っている。
 マスクマンの芝居がかった演出に狼男が乗っただけだろうと含み笑いだ。

「マスクマン、また来るかな」
「母さんならマッハで凍らせて、風よりも早く逃げるかな。晴夏も出来るじゃない?」
「わたし、父さんみたいに飛べないし、霧にもなれないもの。逃げきれないから、狼さんが助けてくれなかったらここにいなかったね」

 努めて明るく言ったが、わたしの言葉にリビングの光量が陰った。
 母はわたしの手を取り優しく握っている。

 母の手は異常なほど白い、なのに血管が浮くことはない。
 手はおろか色白美人だと思う。
 雪女だからだろうか、わたしはそういうところが似なかったから、健康そのものの血色だった。

 父が諭すような口調で語り出した。
「オリジナルは家には招き入れない限り入れない。縄張り内の事なら狼男が守ってくれるだろう。あいつらは自分の狩り場を荒らされるのが一番我慢ならないから」
 父の言葉に母も頷いている。取り敢えず日中と家の近所は安心らしい。

 自室に戻り、今日の出来事を再トレースしていたが、疲労が思ったより強く、寝落ちしそうだった。

「色々ありすぎ、疲れたな」
 今回のような事態で消耗した後は、コップ一杯くらいの新鮮な血液を頂かないと帳尻が会いそうに無かった。

-つづく-


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