年末年始にはお寿司を食べたい

「あら詩音ちゃん、元気そうでなにより」

羽田空港の到着ロビーで私を待っていた早苗は、私との一年振りの再会を喜ぶ風でもなくただそう言った。


私のようなミーハーな生き物は福袋が大好物である。それはもう、大晦日になると次の日の福袋がために、わざわざ飛行機に乗って東京へ舞い戻ってしまうくらいに。で、毎年の休憩所兼臨時荷物置き場は早苗のアパートと定めているのだ。そのアパートはといえば元々私が借りていたものであるから、転がり込んできた早苗に乗っ取られてしまっただけで今でも私のアパートだとも言えるのだけれど。
しかも当の寄生者はというと、大学を4年で卒業もせずあまつさえ大学院にまで進学したときている。博士課程だとかポスドクがどうのだとかの言い訳を散々聞いたが、私には何のことだかさっぱり分からない。まだまだ学生のご身分だとはお目出度いことだが、まあ理由はともあれ長く住まわってくれている住人に大家は大感謝だろう。

一方私はといえば、そそくさと大学を卒業して地元で就職した。東京が名残り惜しいわけではないが、東京へ来るのは年に一度だけと心の中で決めている。


「寒かったのよ」

そう呟き、丁度一年振りに私の手を握ってきた早苗の手は意外なほど温かかった。私たちはそのまま手を繋いで夕暮れの京成線に飲み込まれ、なにを話すでもなくアパートの方角へと向かっていった。

途中、どちらからともなく駅前のスーパーに入り3人前のお寿司を買ったときですら私たちは無言だった。私たちは大学の時代から大晦日は豪華に2人で3人前のお寿司を食べるって決めているのだから、話し合いなんて不要なのだ。買うお寿司はもちろん割引の値札が付いたやつ。


アパートの軋む階段を私が先によじ登ると、懐かしい給湯器の並びが目に入ってきた。冬場はお湯がなかなか出てこない、このポンコツ給湯器には毎晩お世話になっていたものだ。

私が玄関の鍵を開けると(私のアパートなのだから私も鍵を持っていて当然である)玄関には見慣れた緑色の紙袋が置かれていた。どうせ年末大特価セールで買い込んだのだろう、早苗が贔屓にしているパソコンショップの紙袋だ。早苗はすぐこういうセール品に飛びついてしまうところがある。つまりそう、早苗は私と似たミーハーなのだ。


「一緒にお風呂入ろうか?」

部屋に入り、先に声を出したのは早苗だった。私は家に帰ったらすぐお風呂と決めているし、そもそもそのお誘いを断る理由もない。私はただはいはいはい、とだけ返事をしてさっさと二人でお風呂に入ることにした。

追い焚き機能なんて付いていない狭い湯船に私たちはうずくまり、シャワーでお湯を注いだ。お湯を溜めながら入る湯船は酷く冷たく、案の定私たちはシャワーの奪い合いをした。湯船にちゃんとお湯を張ってから入ればこんなことも起きなかっただろうに。


「昔みたいね」

そう呟く早苗の笑顔こそ、昔と変わっていないのだが。私はなんだかこっ恥ずかしくなって顔を逸らせた。

洗面台に顔を突っ込めば髪が洗える私は先にお風呂を出た。早苗は昔から髪を肩甲骨まで伸ばしているせいで、髪を洗う日は風呂上がりがやけに遅い。そしてどうやら今日は髪を洗う日らしい。

手持ち無沙汰となった私は、腹いせに部屋の角で漬けられた梅酒に手を伸ばした、のだが風呂場からの「梅酒はまだ漬かってないよー」とのご忠告に従って静かに手を引っ込めた。

髪を洗う日の早苗はとにかく風呂上がりが遅い。待ちくたびれた私はベッドに入り、束の間の休憩を愉しむことにした。元々は私が買った布団カバーから早苗の匂いがただよい油断すると、ちょっと眠くなった。だからちょっとだけ、ちょっとだけの気持ちで目を閉じたのだ。




閉じた目を開けると早苗が窮屈そうに私の隣で寝ていて、日は既に昇り切っていた。私は心の中で「ちくしょう、今年も寝過ごしてしまったか」と呟きながら起き上がり、洗面台で顔を丁寧に洗ってみる。

部屋に戻ると早苗も丁度起きてきたので、二人で冷蔵庫からお寿司を出して食べた。


「まあ実は、今年もこのお寿司を食べに東京まで来たんですけどね」

そんなネタバレを早苗にできるはずもなく、私はむしゃむしゃとお寿司を頬張る。

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