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📝ニーチェの言葉

◆ 狂気は個人にあっては稀なことである。しかし集団・民族・時代にあっては通例である。
 (『善悪の彼岸』より)

◆ 世論と共に考えるような人は、自分で目隠しをし、自分で耳に栓をしているのである。
 (『反時代的考察』より)

◆ 脱皮できない蛇は滅びる。その意見をとりかえていくことを妨げられた精神も同様だ。
 (『曙光』より)

◆ 怪物と戦う者は、その過程で自分自身も怪物になることのないように、気をつけなくてはならない。深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているのだ。
 (『善悪の彼岸』より)

◆ 自分について多くを語ることは、自己を隠す一つの手段でもありうる。
 (『善悪の彼岸』より)

◆ 気付いた者があるか、音楽は精神を自由にするということに? 思想に翼を与えるということに? 人は音楽家になればなるほど、ますます哲学者になるということに?
 (「ヴァーグナーの場合」より)

◆ 最も深く悩む者は、最も深く美を欲求する。
 ── 彼はそれを生み出す。
 (覚え書より)

◆ 殆どすべての状態と生き方が、一つの至福な瞬間を持っている。良い芸術家たちは、そういう瞬間を釣り上げるすべを心得ている。
 (「人間的、あまりに人間的」より)

◆ 情熱の放出は、悩める者の最大の緩和法、すなわち麻痺法であり、なんらかの種類の苦しみに対する、知らず知らず求める麻酔剤である。
 (「道徳の系譜」より)

◆ 大いなる苦痛にして はじめて精神の最後の解放者となる。大いなる苦痛、我々をいわば生木で火あぶりにするような、長いあいだのおもむろな苦痛にしてはじめて、我々哲学者を強制して、我々の究極の深みにまで降りて行かせるのである。
 このような苦痛が《改善する》ものかどうかを、わたしは疑う。しかしわたしは知っている。それが我々を《深める》ことを。

 (「楽しい学問」より)

◆ 根本教義 ── 苦悩を勝利に、毒を養分に直すことは、我々の力の為し得るところである。苦悩への意志。
 (遺稿より)

◆ 到達された自由のしるしは何か?
 ── 自己自身に対して恥じないこと。

 (『覚え書き』より)

── フリードリッヒ・ニーチェ


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