見出し画像

web3の思想を理解するために必要な前提知識:【第3話】 コミュニタリアニズム

このレポートは、「web3の思想を理解するには前提知識が必要:【第2話】リベラリズム、リバタリアニズム」に続くもので、米国で発展した現代政治哲学の3つ目の思想的立場である「コミュニタリアニズム」についてまとめます。

1980年代に入ると、リベラリズムやリバタリアニズムの考え方を批判する新たな思想が出現し、米国を中心に議論が活発化しました。この新しい思想はコミュニタリアニズムと呼ばれ、古代ギリシャの哲学者アリストテレスなどの思想を継承しつつ、現代の政治経済や社会の問題に取り組みます。

コミュニタリアニズムは、「人間は家族やコミュニティ、国家など、コミュニティの中で存在しており、そのコミュニティの価値や善(good)から影響を受けている。現代社会の問題を解決するには、個人が置かれているコミュニティを重要視した政治哲学が必要である」と主張しています。

コミュニタリアニズムやコミュニタリアン、コミュニティという言葉は、日本語にすると共同体主義などとなり、封建的あるいは排他的なイメージが強いため、一般的にはカタカナ表記が多く使われています。

マイケル・サンデル(1953年に生まれ、ハーバード大学で政治哲学者)は、コミュニタリアニズムの代表的な論者です。彼は日本でも有名であり、2010年にはNHK教育テレビで放映された「ハーバード白熱教室」が大きな反響を呼び、彼の著書「これからの「正義」の話をしよう」もベストセラーになりました。本レポートでは、サンデルの主張を3点にまとめて説明します。

サンデルの主張(1):正義には道徳的な観念の「善」が含まれる

現代政治哲学にコミュニタリアニズムを登場させたきっかけは、サンデルがリベラリズムの提唱者であるジョン・ロールズの正義論に対して批判したことから始まります。まずは、ロールズの正義について簡単に説明します。

ロールズの主張:正義には道徳観を含めない。個々人の自由意志や権利の尊重が重要。

ロールズの論理は、今日の社会では宗教的あるいは倫理的に善とされるものは人によって多様であるため、正義に含めるとすべての人が合意することが難しくなる、従って正義から善を切り離す必要がある、ということです。そして正義は一つでなければならず、すべての人が理性的に考えて正しいと思い、合意できるものが正義になるとします。そして人はその合意した正義に対して責務を負う必要があります。

ロールズの論理の根底には、自分がどういう人間かという具体的な属性や性格や地位を知らない存在であるとする仮説的な契約論理を展開させて、一人一人が自由で独立した人間であるという人間観があります。

つまり、ロールズの正義は、道徳的な観念は排除し、論理の中心に個人の自律、選択、同意、義務を位置付けていると言えます。また、英語において正=rightと権利=rightsは密接に関連しており、リベラリズムでは正義は権利と捉えます。従って、権利は善よりも重要であるということも出来ます。

例えば、同性婚、中絶、離婚の是非については、個人の宗教的、道徳的な信念は多様であるため考慮せず、あくまでも個人の自由意思が重視されます。

サンデルの主張:正義には道徳的な観念である善も含まれる

サンデルは、ロールズが道徳的な部分を切り離して正義を導き出す論理に対して批判しました(著書「リベラリズムと正義の限界」、1982年)。サンデルは、人はロールズが想定するほど自由に振る舞うことはできないと主張し、実際には人は家族やコミュニティ、国家などのコミュニティの中で存在し、コミュニティの価値や善から影響を受けているとします。

サンデルは、古代ギリシャの哲学者であるアリストテレス(紀元前384〜322年)の古典的な政治哲学に基づいて、正義の論拠を構築しました。アリストテレスが考える正義には、徳や善といった倫理的な観念が含まれていました。これは、東洋の正義にも通じるものです。正義には「義」という言葉が含まれているように、義は徳という倫理的な意味が含まれるため、日本人にとっても馴染みやすい考えです。

サンデルをはじめとするコミュニタリアニズムの思想では、リベラリズムと同様に、福祉政策を擁護し、国家の存在や役割を否定していません。ただし、福祉政策を推進する際には、リベラリズムのように、個人の権利に基づくものとして捉えたり、最低収入の保証や現金給付に限定する方法でなく、福祉政策を通じて、人々がコミュニティに参加できるような雇用を創出し、人々が倫理的・道徳的能力を向上できるための基盤を提供することが必要だと考えています。

サンデルの主張(2):相対主義的・多数派主義的なコミュニタリアニズムには反対

以上のように、政治哲学において自己をどう見るかは極めて重要であることが示されています。そしてコミュニタリアニズムでは、個人が所属するコミュニティが重要な存在です。しかし、特定の時代やコミュニティにだけ通用する考え方や価値観を正義として絶対化することは、現代の視点から見ると問題があることがあります。例えば、米国南北戦争前の南部の奴隷制擁護論は、今日の視点からは問題がある考え方です。コミュニタリアニズムはこのような弱点があり、批判される点でもあります。

サンデルは、こうしたコミュニティのみを強調する考え方に反対し、正義の議論においては特定のコミュニティを超えた視点が重要であると主張しています。具体的な手法として、目的や本質を考えることが正義の議論において重要であるとし、アリストテレスの目的論の論理を採用しています。

つまり、今日の社会においても、人生の目的や根本的な概念から考え、道徳的かどうか、すなわち正義かどうかを議論することが重要ということです。

例えば、同性婚、中絶、離婚の是非については、結婚の目的、胎児の生命に対する倫理観、社会的に何が称賛・名誉に値するのかといった道徳的観点を含めて考えます。

サンデルの主張(3):対話を通じて原理と実例の間を往復させる「弁証法」で考察を深化させる

特定のコミュニティを超えて正義や善について考えるためには、原理と事例との往復によって考察を深める方法である弁証法が有用であるとサンデルは述べています。これはサンデルが白熱教室で生徒との対話により議論を深めた対話型講義であり、ソクラテス的な対話の方法です。具体的な問題解決には、実例を取り上げることが必要であり、哲学的思考を組み合わせることで、首尾一貫した考え方が得られます。同様に、ジョン・ロールズもこの手法を支持しており、彼は「反照的均衡」と呼んでいます。

最後に

日本でサンデル・ブームが起きた背景には、幾つかの理由があるとされています。1つ目はハーバード大学というブランド力があったこと。2つ目は、政治・経済的問題に対する人々の不満や疑問に対し哲学的観点からの思考が示され、娯楽番組では味わえない知的好奇心を満たす内容であったこと。3つ目は、政治哲学や対話型講義の目新しさによって、人々が新しい体験を味わえたこと。4つ目は、東洋的な倫理観に対する共感があったことです。

それでは、web3やクリプト分野において、こうした知的ブームが起こり得るのでしょうか? 個人的な考えですが、重要なのは、人々はより善き社会の実現と哲学的思想を常に求めているということだと思います。人類が長い年月をかけて築いてきた哲学的思考を加味、応用させ、それを示すことで、個々のプロジェクトを含めweb3の活動が一貫性を持ち、人々の共感を得ることができるのではと思い始めています。

あるいは、思想を語ること自体が、単に夢物語でしょうか。思想が忘れ去られた結果が、冬の時代を招いた一つの要因ではないでしょうか。次回はサイファーパンクの思想について調べていきたいと思います。

* * *

最後まで読んでいただきありがとうございます。
よろしければ、ハートをポチッしていただくと、嬉しいです。😊
サポートしていただけますと、もっと嬉しいです。😆

暗号資産やブロックチェーンに関する情報発信をTwitterにて行っております。英語圏の情報を中心に最新のニュースやレポートなど紹介しています。

今後もよろしくお願いします。
表紙画像:Unsplash


よろしければサポートお願いします!いただいたサポートはクリエイターとしての活動費に使わさせていただきます!