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web3の思想を理解するために必要な前提知識:【第2話】 リベラリズム、リバタリアニズム

このレポートは、「web3の思想を理解するには前提知識が必要:【第1話】ヨーロッパの社会契約説」の内容に続いて、1970年代以降に米国で発展した政治哲学についてまとめます。

ヨーロッパ社会契約説は、国家の概念や権力について哲学的に考察した思想であり、米国の政治哲学へ発展していきます。そして、1990、2000年代のサイファーパンク活動へ大きな影響を与えて、ビットコインが誕生します。

昨年から注目が集まっているweb3について、より深く理解するためには、歴史的背景を学ぶことが有効なアプローチの一つであると思っています。前回と同様に書籍・文献を参考にしてまとめ、共有します。

1970年代以降、米国で自由、平等、公正な社会について問う政治哲学を巡り、大々的な論争が巻き起こる

政治哲学は、一言で言えば、現在の政治経済や社会の問題について哲学的な観点からどうすれば自由、平等、公正な社会を実現できるのかを問いかける学問です。

それまで哲学や思想はヨーロッパ中心で発展してきましたが、1970年代以降は、米国において多く議論されるようになっています。それは、第二次世界大戦によりヨーロッパの思想家が米国に移住したことや、後に詳述する「リベラリズム」「リバタリアニズム」「コミュニタリアニズム」の立場から、大々的な論争が巻き起こったからです。

日本では、1980年代後半にソ連の解体でマルクス主義への支持が低下したことから、米国の議論が注目されるようになったと言われています。

政治哲学の発展は、米国の政治・社会状況と密接に関係。米国社会で自由や平等といった価値観が揺らぐ。

政治哲学の発展は、1960年代後半からの米国の政治・社会状況と密接に関連しています。第二次世界大戦前には、独伊日などの対戦国を全体主義的な制度を採る自由の敵と見做し、自分たちと同盟国は自由の擁護者として位置付けていました。

しかし、平等を原則とし、資本主義や自由主義の次の時代を目指す共産主義がソ連で誕生した頃から、米国社会で「自由とは何か」という本質的な問いが問われるようになります。米国は、共産主義者の逮捕や過激な運動など保守的な立場を取りましたが、それは他の人の思想を許容できない自由主義国家という矛盾した存在になったからです。

また、公民権運動やフェミニズム運動、ベトナム戦争も、米国社会が「自由で平等」だと信じていた人々の価値観を揺らがしました。

米国発の政治哲学の誕生

これらの問題を解決するため、政治の理念や原理を根本から考え直す機運が生まれ、新たな政治哲学が登場します。代表的な米国の政治哲学には、リベラリズム、リバタリアニズム、コミュニタリアニズムの3つの思想的立場があります。

リベラリズムは、17・18世紀のヨーロッパの社会契約説まで遡り、自由や平等の概念から問い直し、社会や国家のあり方を提示し、現代政治哲学の基礎を築きます。リベラリズムをきっかけに、多様な学派や思想が登場します。例えば、「自由を守るために、どこまで平等的な要素を取り入れるのか」、「可能な限り国家の役割を排して自由の純粋性を守るべきか」といった議論が大きなテーマとなりリバタリアニズムが登場しました。

なお同じ立場の思想でも、哲学者によってはかなり相違がある場合がありますが、本レポートでは代表的な思想内容について説明します。

リベラリズム(自由主義):個人の自由や権利の平等の社会実現を目指す。国家の役割として富の再配分や福祉を認める。

リベラリズムは、ジョン・ロールズ(1921〜2002年、ハーバード大学の哲学教授)の著書「正義論」をきっかけとして、広く議論されるようになりました。ロールズは、17・18世紀のヨーロッパの社会契約説的な論理を採用しヨーロッパの古典的自由主義を発展させましたが、これらのうち功利主義(最大多数の最大幸福)を批判しました。ロールズは、功利主義により一部の人たちが犠牲になることがあると指摘し、より平等・公正な社会を実現するための思想が必要であると主張しました。

ロールズの「正義論」において最も中心的な概念は「正義の二原理」です。これは、社会のメンバーの間でどのような合意をすることが必要であるか、という問いに対する答えです。正義の第一原理として、各人が「自由に対する平等な権利」を有するとし、第二原理では、社会的・経済的不平等に対して満たすべき条件を設定しています。

第二原理の内容を要約すると、すべての人々は、社会的な役割や地位に対する公正な機会が平等に与えられており、それに基づいて、人々は自分自身の社会的な地位を決め、幸福を追求するとします。しかし、幸福に到達するためのリソースは限られているため、自由な競争の結果、格差が生じます。この格差は制度によって是正されていくとします。

ロールズの示した正義は、すべての人が正しいと思うことを合意したものと定義し、そこには善や徳といった倫理的な要素を考慮していません。しかし、次のレポートで取り上げるコミュニアリアニズムという思想の立場から、その考え方では現実性はなくなり、ロールズが福祉政策を正当化することにも論理的な矛盾が生じると批判されました。後にロールズは自らの正義論を再構築して対抗するなど、政治哲学を巡りリベラルとコミュニタリアニズムの間で大論争が繰り広げられています。

リベラリズムをまとめると、個人の自由や権利を尊重し、社会的・経済的平等性も配慮した福祉政策や再配分政策を擁護するものと言えます。また平等的志向であることから、健全な市場経済を確保するため企業を規制するといった主張も出てきます。

リバタリアニズム(自由至上主義):自由を最大限に目指す思想、国家の役割を最小限にする

リバタリアニズムは、リベラリズムに反発する思想であり、できる限り自由の制限を排除することを目指します。自由が最も重視され、平等や正義などの他の要素は自由主義に含めるべきではないと主張します。国家の存在は個人の自由や権利を侵害するため、国家の役割は最小限に限定されるべきである(所謂「小さな政府」と呼ぶ)、もっと極端な考え方では国家は不要と考えます(「アナーキズム(無政府主義)」と呼ぶ)。個人の所有権、生存権、財産権など個人的自由を最大限に認めることが重視されます。

日本におけるリバタリアニズムの政策としては、経済政策として市場経済の効率化を図るために民営化を推進することで「小さな政府」を目指した小泉純一郎首相の構造改革が重なるものと言われます。

代表的な論者として、ロバート・ノージック(1938年〜2002年、ハーバード大学の哲学教授、著書「アナーキー・国家・ユートピア」)がいます。「国家の役割はどこまで認められるものなのか?」という問題を提起したノージックは、ロールズの「正義論」を「個人が生み出した価値を国家が強制的に奪い、勝手に分配することは認められないはず」と批判しました。具体的には、課税によって個人の所得を奪い、それを年金や医療制度、生活保護などの形で再配分する政策を否定します。

ノージックのリバタリアニズムは、高齢者、病人、障害者、貧困層などの社会的弱者を保護することが困難であるという問題が生じます。そうした課題に対してリバタリアンは、民間企業や互助的な団体が自然に生まれ、国家の代わりにこれらの人々を支援し、保護されると主張しています。

リバタリアニズムをまとめると、自由を強く主張しますが、それは政治的自由だけでなく、企業の経済的自由も主張する思想です。したがって、企業への課税や規制には批判的な立場をとります。

しかし、リバタリアニズムに対しては、市場競争が強まり、個人の利益が追求される結果、貧富の格差が広がるという批判があります。また、リバタリアニズムの考え方を徹底していくと、極端な結果に辿り着く可能性を孕んでいるため、道徳的観点からリバタリアニズムの論理は批判されることがあります。

最後に

米国では、1960年代当時の政治や社会の状況から、自由、平等、公正などの概念自体について問い直す必要性が生じ、政治哲学が発展しました。一種のリバタリアニズムと言われているサイファーパンクの登場は、米国で1970年代から脈々と自由、平等、公正について議論されてきた結果とも言えます。

次回のレポートでは、リベラリズムやリバタリアニズムと並んで主流な米国政治哲学のひとつであるコミュニタリアニズム(共同体主義)についてまとめます。コミュニタリアニズムの代表的論者であるマイケル・サンデル教授は、日本でも有名です。同氏の2010年にNHK教育テレビで放映された「ハーバード白熱教室」は、日本で大反響を呼び、彼の著書「これからの「正義」の話をしよう」はベストセラーになりました。次回は、コミュニタリアニズムとは何か、そしてサンデル教授による知的大ブームが日本で起こった理由も探っていきたいと思っています。

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表紙画像:Unsplash



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