刺し針

ちくりと刺されましたんや。
何に刺されたんかは、なんやようわからんのですけどな。
その時に聞こえましたんや。
『おいたしたらあかんえ』
えぇ、あれは確かに死んだ姉さんの声どしたわ。
それは間違いおまへん。
うちは自分の耳を疑いましてん。
え? いや、声が聞こえたからやありゃしまへん。
その言葉自体にですわ。
自分の事よう棚にあげて、そんなん言いはりますわなぁ。どの口がほざくんやと思いましてな。
だって、そうでっしゃろ?
自分は人様の旦那を奪った上に、悲恋に苦しむ自分に酔うて、いけしゃあしゃあと勝手に心中までしでかしましてんで?
おいたしまくってたんは、あんたやないの。
せやのに、うちが奥さんおる人を好きになってしもただけで、チクリやて。
ほんま、開いた口がふさがりませんわ。
よう、刺せたもんや。
その毒針、もう一度自分に刺したらどないやの。
え? お姉さんなりの忠告やて?
うちが不倫に溺れて悲恋に苦しまんようにどすか?
姉さんのように心中したりせんようにどすか?
そんなん、いらんお世話や。
何を今さら、姉さん風吹かせて妹の心配なんか……。
ほんま、勝手すぎるわ。
うちは本気であんひとに惚れてますんや。
誰にも咎められる筋合いはおまへんわ。
どうしようと、うちの勝手や。
え? 何でそんなん言いはりますの。
うちが姉さんと一緒やて?
勘弁しておくれやす。
あんな人と一緒にせんといてください。
うちはもっと節度を持ってお付き合いいたしますよってに。
え? 不倫に節度も何もない?
そ、それは仰る通りですけど……。
……………。
え? いや、どうもしてまへん。
え?な、泣いてなんかおまへんわ。
目に塵が入っただけどす。
おかしな言いがかりは、よしておくれやす。
うちは、ただ、ただ……。
え? 刺された指はどうなっとるんか知りたい?
それはもう酷いもん……あれ?
なんでやろ、あんなに腫れとったのに。
え? うちにもなんやわからんのですわ。
でも、すっかり腫れがひいてしもうてるわ。
痛みも嘘みたいに消えとります。
なんやったんやろか……。
え? うちが改心したからやて?
……姉さんの、あほ。
死んでも何も変わらしまへんのやな。
ほんまにお節介なんやから。
『うちはあんたの本当の幸せを祈ってるだけや』
また勝手な事ほざいてますわ。
──姉さんはそれでも、ほんまに幸せやったんやないの?
はぁ、死んでも自分勝手な姉さんですわ。
ほんま……あほ。
ほんま……けったいなひとやわ。
え? こんなん笑わんでおれますかいな。
そうでっしゃろ?


                                                             ─ 完 ─

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