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【小説】恋の幻想

近所の家から食べ物の匂いが漂ってくると、もう夕食なのかと考えて時計を見る。

朝にも昼にも食事の雰囲気は解るが、夕ご飯の匂いはちょっと違う、ハンバーグの匂いだったり、カレーの匂いだったり、家々でまちまちの匂いを出している。

自分も食べないと、そう思って冷蔵庫を見て、これはコンビニかなと考えている。

家で仕事をするようになると、外に出るのが億劫になる、買い物も面倒で簡単な物ですまそうとする。

今時はコンビニが有るから、買って食べればいいだけだ、栄養や心の余裕なんて後回し、後回し。

「ご飯は大事だよ、食べないと体がもたないから。」そう言っていた彼女を思い出す。

「若いうちはちょっと食事抜いても大丈夫だよ、寝るのも少しで生きていけるって云うだろ。」食べたくないわけでは無いが、おかんじゃないんだから、彼女に言われると反論したくなるのは何故なんだろう。

「そんな事言ってると終いには倒れたりするんだよ、倒れたりしたら皆が迷惑するんだから。」彼女も負けずに言い返してくる、こんな所も好きになったんだから仕方ない。

「そうなったら、面倒見てくれるんでしょ。」もう10年の付き合いだから結婚してるみたいに話す。

「自業自得に人には何もしてやらないよ。」彼女はにっこりしながら答える。


彼女と一緒に年を取っていこうと思っていたのは自分だけだった、結婚を意識して指輪と花束を渡して、プロポーズ。

それは上手くいった筈で、彼女も結婚は乗り気だった、15の時からとはいえ、10年も付き合って居ると、結婚しない方が不思議なくらいだ。

「ありがとう、嬉しい、式とか新婚旅行とか如何しよう?」花に顔を埋めながら彼女が答えた。

「こっちこそありがとう、自分が出来る事は全てして、守っていくから。」決死の言葉に。

「守られなきゃならないほど弱くないよ、私もあなたもお互いに頑張りましょう。」嬉しそうな顔が忘れられない。

結婚は実務的にもせねば為らない事由が目白押しだ、先ず一緒に住む家を決めなければならない。

次に親元に報告して、自分と彼女の親の承諾を得て、式やハネムーンの準備をする。

結婚後を考えて仕事も増やした、フリーで居ると自由は効くものの安定は望めない、後を考えて少し負荷を掛けて仕事をした。

仕事が増えると会う時間が減る、彼女が不安だろうと思っていても、仕事と結婚準備でこれまでの関係が保てなくなってきた。

「もう、これ返す。」彼女は指輪を抜いて自分の前に出してきた。

「終わりなのか?」小声で答えた。

「うん。」

10年の恋の幻想が終わった。



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