髪を切っとる

【美容室野々原の午後】

登場人物

野々原かげろう (65) 美容室野々原の店長
高柳 清二 (80) 元画廊オーナー

BGM 夢乃崎町のテーマ(曲募集中)

N「ここは何も起こらない町夢乃崎町。
日の出湯でゆっくりと疲れを取った「美容室野々原」のかげろうさんが今日も元気にハサミを動かしています。」

   ドアの開く音

カゲロウ「いらっしゃい!さすがに今日は着付けおやすみですよ!みんなの髪の毛伸び放題になっちゃう!」

タカヤナギ「こんにちは」

カゲロウ「あぁ、なんだタカヤナギさんかぁ!ごめんなさいね!ここの所お節句用の子供達とお母さんの着付けの手伝いばっかりで。ここは美容室で着付け屋さんじゃないんだけどねぇ」

タカヤナギ「いやいや商売繁盛何よりだよ」

カゲロウ「そうですね、お客様がいる間はココも続けなくちゃね」

タカヤナギ「俺が生きている間は、頼む」

カゲロウ「嫌だタカヤナギさん、縁起でもない。死んじゃうみたいじゃない。今日もシャンプーカットで良いですか?」

タカヤナギ「うん、頼む」

   シャワーの音

カゲロウ「ん、ふふふ」

タカヤナギ「何がおかしいんだ」

カゲロウ「だって、うちでは髭もあたれないし、男性ならバーバー泉の方がいいだろうにと思って」

タカナヤナギ「そ、そんな、そういうのはアレだ。なんだよ。いいんだよ。こっちの方が」

カゲロウ「はいはい。洗い上がりましたよ。どうぞこちらに。」

タカヤナギ「うん」
 
   髪を切るハサミの音

カゲロウ「今日も奥様の月命日にお墓参りですか」

タカヤナギ「うん」

カゲロウ「妬けちゃいますね、なんて」

タカヤナギ「な!そんな風に老人をからかってはいけないぞ!」

カゲロウ「冗談ですよ。それに、私ももうそろそろ老人と呼ばれていい年なのですよ。」

タカヤナギ「そうは見えんがな」

カゲロウ「奥様亡くなられてもう何年でしたっけ」

タカヤナギ「今年で13回忌だ」

カゲロウ「もう、そんなになりますか。早いものですね。」

タカヤナギ「アイツ、君の所に行くのを楽しみにしていてな。いや、大変世話になった。」

カゲロウ「いえいえ、とんでもない。私の方がとても可愛がっていただいて。ほら、私子供も持たなかったし、結婚もしなかったし。それも気楽で良かったんだけど。家族を持つってどんな気分だろうって。そういうの。」
   
   ハサミを置く音  

カゲロウ「タカヤナギさんの奥さんが、お子さんが持ってきた昆虫のやり場に困ったとか、お弁当の中身の好き嫌いの話とか、タカヤナギさんが縦の物を横にもしないとかそういうお話をしてくださって」

タカヤナギ「えぇ、俺の愚痴まで?」

   ドライヤーの音

カゲロウ「ふふふ。その愚痴でさえ、ちょっと誇らしげで嬉しそうで。なんだか私も勝手にタカヤナギさんの家族にしてもらったような気持ちがしてました。」

タカヤナギ「うん。そうか。ありがとう。」

カゲロウ「はい、出来上がりましたよ。お疲れさまでした。」

タカヤナギ「あぁ。」

カゲロウ「あ、そうそう、レイコママが菜の花の入った卵焼き持ってきてくれて。奥様お好きでしたでしょ?よかったら墓前に。」

タカヤナギ「そうか、すまんね」

カゲロウ「あ、でもあれですよ。最近お寺にもカラスがすごいそうなのでお墓参りが済んだら持って帰ってくださいね。ヒライズミさんと召し上がってください。」

タカヤナギ「そうさせてもらうよ」

カゲロウ「はい、ではまた来月!」

タカヤナギ「うん、ありがとう」

カゲロウ「あ、ちょっと待ってください」

タカヤナギ「えっ」

N「タカヤナギの頬についていた切りたての髪の毛が春風に乗って飛んでいく。それを掴もうとしたカゲロウの手から逃げていくように。さて、次回も期待するような事は特に何も起こらない夢乃崎町に乞うご期待」

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