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寓話やアレゴリーや散文で哲学をわかりやすく表現できたら、嬉しいです。 アーティストの皆…

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寓話やアレゴリーや散文で哲学をわかりやすく表現できたら、嬉しいです。 アーティストの皆様、いつも画像を使わせてくださり、誠にありがとうございます。

最近の記事

regret⑨

金色の並木通が続く大学駐車場には高級外車が一台。本村一露子である。海外進出を果たした彼女は、羽田から一路首都高を飛ばして、母校にやってきた。毎年、多額の寄付をしているが、今年は学校創立150年の年、その寄付金も億は下らないだろう。 車から降りたその足で、演劇研究会へと向かう。小劇場並みの舞台や装置、音響機器など、どれをとっても、最新式のものを使い、外部からは一流の演劇関係者が名を連ねる。 演劇研究会は彼女の趣味のひとつとして在る。高尚な趣味といってもよい。 創立150年

    • regret⑧

      「ここを辞める……!?」 徹は上司である佐伯課長に退職をしたい旨を伝えた。徹の退職理由は明白だ。 誰よりも早く来て誰よりも遅く帰り、徹底した仕事ぶりを評価されていた徹。真面目を絵に描いたような男。彼の仕事に対する姿勢は厳しいが、何かがあれば面倒を買って出るとの評判が徹を強く印象付けていた。そんな徹を慕うものも多く、当然上役にも受けがよい。やっかみはほとんど聞かれない。そんな徹から退職願が出ることに佐伯は驚きを隠せなかったし、なにより課の士気が下がることを懸念したので、とに

      • regret⑦

        誰がこの結果を予想しただろう。古代ギリシア以来、民主政治というシステムは良くも悪くも社会全体を揺り動かしてきた。しかし今回、支持基盤の強固な政治家でさえも恐れてきた「無党派層」という支持層の力。 一時は逆風どころか、撤退の字も見えた蓮杖候補。結果、 数十票という僅差で本村候補に勝利した。都議会議員補欠選挙速報はまたたくまに笑里たち来栖アパート選挙事務所に伝えられた。 「ウソ……」 「やっべー」 「マジ?」 住人たちを労うため入れた茶を配っている笑里はその手から、盆を

        • regret⑥

          区議会議員選挙運動(補欠選挙)でウグイス嬢のうしろにいてお手振りをしている笑里。その車列は、優実の実家に差し掛かる。広大な白亜の御殿には優実の父、松下久文夫妻の姿があった。噂には聞いていたが、東京とは思えないほどあたりは静寂で、住む者の嗜みが感じられる。自然に車内は一瞬水を打ったように静かになる。 八千代公園の前で街頭演説が始まる。 横断幕には「無所属 れんじょう こうじ」の文字。結局××党の推薦が得られないまま選挙戦へと突入、無所属での立候補となった。 案の定、街頭演説

          regert⑤

          強いアスファルトの照り返しが梅雨明け間近を思わせる。 来栖アパート玄関脇の掲示板には、『ゴミの分別のし方』や『ゴミ収集日』、『共用部(玄関・廊下・洗面トイレ)の3S』などこまごまとした掲示物が張られている。 『猫に餌やり禁止』など〇〇禁止のチラシは最近自治会により張られた。『熱中症にご注意』のチラシは笑里が作成した。住人はクーラーを持たない者が多く、夏は救急車を呼ぶ回数が頻繁になる。今日も携帯アプリの熱中症アラートが響く。笑里はメガホンをもって各棟を回る。 「熱中症に注

          regert⑤

          regret④

          6月×日 ほうぼうで紫陽花が咲き始めた。アパートの居住者にはまだだれ一人会えていない。一度挨拶に回ったが居留守を決め込まれているようだ。全室空き部屋のようにしん、としている。生存確認は区役所の仕事なのでそこまですることはない、と大家の蓮杖からはいわれている。 墓地の管理は草刈りに始まり草刈りに終わるというぐらい草が生える。今朝も大学の授業の始まる前に納骨堂の周辺を刈った。昨日抜いた場所からは、もう小さな草が芽を出している。ツバメのヒナも無事に旅立った。巣のあった場所には気持

          regret④

          regret③

          名称:来栖(クルス)アパート 所在地:東京都××区××町××番地 S駅徒歩3分 築年数:50年(1974年築) 総戸数:50 構造:木造2階建 備考:耐震化・大規模修繕は行われていない。耐震度は危険度Aランク相当。住宅扶助専用で賃料の未納はないので安定した経営状況である。 『101号室』のみ「××の事情」で数年ほど空室。 木下が勤めるNB不動産の情報ファイルにはそんな文字が躍る。 「勧める方も気が引けるよなぁ……」 竹嶋笑里はNB不動産にいた。 雑居ビルのテナントの地下

          regret③

          regret②

          「ま、そこまでやるんなら、あんたを社長に引き合わせてあげてもいいわ」朝子はいちいち恩をきせるようないいかたをした。どうやら『マタタビ』のキャバ嬢の第一面接はクリアしたようだ。 朝子は「関係者以外立ち入り禁止」と書かれた札が下がったビルの裏口の引き戸を開けた。「土足厳禁」と書かれた紙が壁に貼られている。ヒールを持ち、廊下の突き当りの従業員控室に進む。 キャバクラ『マタタビ』の営業が始まるのは20時。当然のことながら控室は誰ひとりおらず閑散としていた。窓のない8畳ほどの部屋が

          regret①

          ―――『regret』あらすじ 3浪して入った大学生の竹嶋笑里。父は会社経営に失敗して一家離散、ネカフェで暮らしながらの大学生活。偶然見つけた家賃3万円のアパートはいわくつきの……。「お金」にまつわる事件が次々と起こります。「お金に対して悪いイメージを持つ」笑里は、やがてその悪いイメージの「お金」が生きた価値のあるものだと分かる結果に――― 「南向きじゃないんですか?」 方角、それは竹嶋笑里(えみり)には切実なことだった。 不動産屋は間取り図をくるくる回して明かりがともる

          ある日常⑨

          出生時に割り当てられた「性別」という概念が、この世界を二分させた。 アダムとイブという「男」または「女」にあらわされたこれが唯世界という概念。その「国境」を超えることは争いを格率させた。 文明は社会が発展すればするほど、生きることが不自由になってくる。 淘汰である。私(のようなもの)が、自己を保つためには欺瞞することしかない。こころの深い部分でしか、いわゆる闇の部分でしか存在することのできない自分という存在。 「男」として生まれた私が、やがて自身がそうでないことに気づきな

          ある日常⑨

          ある日常⑧

          「そんなのは幻想だ!綺麗事はよせ。聞きたくもない!」 散りゆく花びらのように執着のない一等機関士のいいかたに、私は苛立って言った。 「今までどれほど心無い言葉や、嘲笑させられ侮辱を受けたことだろう。いわれのないいろいろな人からの誤解や非難をね。たった5歳の、この世に生を受けてまだ5年しかたっていない君に世間の刃は向けられた。君の両親を孤独に追いやり、挙げ句離れさせられたことを君は忘れたのか?憎しみはないのか?」 今まで隠していた感情があらわになった。 怒りと悲しみが言葉

          ある日常⑧

          ある日常⑦

          私達はいったい何を探し求めているのだろうか。 命をかけて地球を出奔したことは本懐だったのだろうか。 遺された森機関士の日記帳には 3歳年下の妹であるさと子さんとの日常が淡々と記されていた。 八月×日 紅いほおずきをひとつふたつもぎった。 さと子にあげる。 文机で九九の繰り返しをする。 駄菓子屋でニッキ水を二本買う。 畳の上にはばあちゃんが昼寝していた。 縁側でさと子とニッキ水を飲む。 この後、 父や母の忘れ形見だったさと子さんも病に倒れる。 D51は、 重力波に逆らう

          ある日常⑦

          ある日常⑥

          「(地球へ)戻ることは…できるのでしょうね?」 私は中年の機関士にとにかく今、一番重要なことを確かめたくて聞いてみた。しかし彼はかたくなで冷ややかな物言いをした。 「ーーーサイトウ先生。 地球はじつに美しい。漆黒の宇宙に神々しいほどの輝きに満ち溢れている太陽系第三惑星。オリンポスの12の神々がいたるところにいて生命活動を司っておられるようだ…… しかしもうそのノスタルジーは正直、忘れて欲しいんですがね…」 D51は周回軌道を外れた。 やれやれ、と制服を脱いで身体があらわ

          ある日常⑥

          ある日常⑤

          「Twinkle, twinkle, little star, How I wonder what you are! Up above the world so high, Like a diamond in the sky…」 私がたぁ君にいつも歌ってあげていた『きらきら星』…… それはぼわんぼわんと水面を浮かんだり沈んだりした時のように 彼の歌声は途切れ途切れに私の耳に届く。 「彼、いつもあんなふうに歌っているんですよ。でも、その声ももうじき聞こえなくなるんですがねぇ

          ある日常⑤

          ある日常④

          「びはいんじゅう…」 「びはいんじゅう…?」 behind you… 後方注意… たぁ君…? 特徴のあるイントネーション。 確かに彼の声。 私は、錆のついた手で眼鏡をかけなおし、闇色の続く後ろを振り返る。 煙突とボイラーの隙間から漏れる光が、風とともに映写機フィルムのようにちかちかと動いている。 「ごぅ あろん…」 いつのまにか青年となったたぁ君は、私の手を掴んで座るように促す。 機関車は速度を上げた。D51は鈍い汽笛を数秒ならした。 ―――走っている! 枕木

          ある日常④

          ある日常③

          マントルのような鉄の塊の中にはすでに10組ほどの親子がいて、私は自分の頭を守りながら、先先すすんでゆくたぁ君に注意の声を掛けながら背中を見ている。いつ来園しても、この猛々しい姿はたぁ君を夢中にさせるのだろう。 槌のみで表面を叩き上げたといういわゆる鋼(はがね)のような堅牢さ、隙のない鋳造。この貨車としてのD51は、どこをとっても完璧であり、日本の近代化を支えたまさしく火車である。 たぁ君は、そんな貨物車の運転室に座って小さな丸窓からまっ直ぐ前を凝視しつづけている。私は他の

          ある日常③