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ある日常⑧

「そんなのは幻想だ!綺麗事はよせ。聞きたくもない!」

散りゆく花びらのように執着のない一等機関士のいいかたに、私は苛立って言った。

「今までどれほど心無い言葉や、嘲笑させられ侮辱を受けたことだろう。いわれのないいろいろな人からの誤解や非難をね。たった5歳の、この世に生を受けてまだ5年しかたっていない君に世間の刃は向けられた。君の両親を孤独に追いやり、挙げ句離れさせられたことを君は忘れたのか?憎しみはないのか?」

今まで隠していた感情があらわになった。
怒りと悲しみが言葉となって私は自分をどうすることもできなくなっていた。

「私自身、心を病んだ。世の中というものが怖かった。震え、怯え、『生きること』がこんなにも辛く苦しいものだとは思わなかった。深い闇の中、暗渠にいた。自分は正気なのか、それとも狂気の沙汰なのか、息をするのも苦しく、すべてを呪った」

「サイトウ先生」それは神に従う預言者の声だった。

「価値は今、滅されようとしているのです。
アルファでありオメガである神が、46億年もの歴史のある地球を粉砕し、蒸発しようとしている。ナノ粒子のように、瞬く間のインフレーション。『苦しみ』からの開放を。無限を有限に。差異を認め、隠していたものをあらわにする存在者の存在が、あなたには見えるでしょう…」

その時、私の頭の片隅には、「ある日常」がバーチャル・リアリティとして浮かんでは消えていった。

4月×日
君はまるで前世から関わってきた兄弟のようだ。ささやかだが、小さなやり取りを通して、気持ちを伝えあえることが出来ると確信した出来事がいくつもあった。ほんとうに嬉しかった。満開の桜を見たようだ。

5月×日
私という存在を受けいれ、親近感を覚えてくれた君。「嫌だ」と全身で伝え、身を震わせて泣く君。ときに不思議な目で私を見つめてくる。私は生きることが出来るかも知れない。

6月×日
雨の中でも、風の吹く中でも、謳歌するように君は歩く。傘などなくても文句ひとつ言わず君は進む。

私は赤ん坊のように激しく泣いた。

「生きる意味」を語りつづける一等機関士が私のそばにいた。