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人肉

■『悪魔』というのを本で調べたが いちばんそれに近い生物は やはり人間だと思うぞ人間はあらゆる種類の生物を殺し食っているが わたしの『仲間』たちが食うのはほんの1~2種類だ 質素なものさ
■ 牛やブタを平気でひき肉にしている人間どもが今さら何を驚いてる
■ 自分が生きるために 他の命を犠牲にする 動物はそうやって生きているのだ

岩明均『寄生獣』 第1巻, 講談社, 2014

 腹が減れば、生きるために、自分以外の生物を殺し、食べる。生きるとは、殺すことだ。

 アズラーイールという天使も例外ではない。腹が減れば、生きるために、自分以外の生物を殺し、食べる。人間と異なる点は、アズラーイールは贅沢をしない。本当に腹が減ったときだけ、人間を殺して、食べる。人間だけを殺して、食べる。人間と違って、無駄に多くの種類の生物を殺し、食べる、なんてことはしない。鳥や豚や牛を食べることはしない。過剰な殺しは決してしない。必要なぶんだけ、自分の国である天国に人間を持ち帰り、手際てぎわよくさばき、食べる。骨以外、残さず、有り難く食べる。

 人間界では、天国という言葉が理想郷の代名詞のように用いられているが、アズラーイールにはそれが不思議で仕方がない。天国には高層ビルもないし、繁華街もない。植物が生い茂っているわけでもない。家畜もない。殺風景なものだ。ましてや「天国から見守ってくれている」とか、「天国に居る○○も喜んでいると思う」という人間の考え方は不可解だ。実際、見守ってもいないし、喜んでもいない。ただ単に、アズラーイールの命を繋ぐための食べ物となり、糞尿となり、天国の土となっているだけなのに……。人間というのは、見たことのないものを過度に恐れるか、過度に美化するたちがある。

 1年に1度、アズラーイールは幼児を食べる。通常は10代、20代、たまに30代の人間を食べるが、1年に1度、アズラーイールは幼児を食べる。幼児の血はアズラーイールの寿命を延ばすからだ。幼児の血は、天使界ではクロームと呼ばれ、若返りの血として、大切に、有り難く飲まれる。人間界で子牛の肉や子羊の肉が「美味しい」とか「美容に良い」と言われているように、天使界でも幼児の肉は美味しいし、何より寿命を延ばしてくれる。

 ちなみに、アズラーイールの食べ物として天国へ持ち帰られた人間は、人間界では「行方不明者」とか「失踪者」と言われている。たまに「被害者」として扱われ、そのため冤罪に泣く者がでるという、実に気の毒な話もある。