目が光る(13)

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目が覚めたのは、医務室だった。白い天井、白いカーテンに、白い掛け布団。白いシーツに、白い枕、そして、白い床。何もかもが不気味なくらいに色がないこの空間は、一瞬彼岸かと錯覚するほどだった。

身体を起こすと、まだ少しめまいが残っている。彼は目を瞑って頭を休ませようとしたが、意識を失った原因を思い出し、寸前でとどまった。

「慣れないものだ。暗闇が恋しいな。」

自らの数奇な運命に、思わず苦笑が漏れる。眠る時以外、ろくに目を瞑ることができないというのは、案外心にくるものがあるのだということを、彼は初めて知った。

それもそのはずである。目を瞑ってはいけないことなんて、今まで無かったのだから。頭では理解していたつもりだったけれど、やはり本当に大切なものは無くしてから気がつくものなのだな、と彼はしみじみ感じた。

しかし、目を瞑れないからといって、ずっとまぶたを開いていればすぐに目が乾燥してしまう。そうなると、いずれまた我慢できず目を瞑って失神してしまうかもしれない。かといって、修行はまだまだ時間がかかるはずだ。

「試してみるか。」

彼は試しにまばたきをしてみることにした。できるだけ素早く、脳が目を瞑ったことを感知できないくらいのスピードで、上下の両まぶたを合わせる。

「......よしっ。」

実験は成功だった。まぶしくない。まばたきくらいの時間なら大丈夫らしい。これは助かる。これまで倒れてなかったことから薄々感じてはいたが、やはり確証を抱けているのと、毎回一か八かの賭けに出るのとでは、精神衛生的に天と地ほどの差がある。

彼はこの実験でひとまず一息つき、目を瞑った。その瞬間、目の前が真っ白になり、彼はまた意識を失ってしまった。

(*)

鳥のさえずりが聞こえる。もう、朝か。頭をじんじんさせながら、彼は昨夜のことを思い出し、頭を抱えた。我ながら、間抜けすぎる。

思わず、右手を両眼に被せそうになったが、流石に踏みとどまった。習慣は恐ろしい。まだまだ、医務室にやっかいになりそうである。

注意せねば、と気を引き締め、彼は勢いよく起き上がった。すると、ちょうど溝落ちの辺りに白いテーブルが出ていて、思いっきり溝落ちを打った。

「......っ!」

声が声にならず、獣のうめきみたいな音が出る。痛みで思わず右目を瞑りそうになったが、何とかこらえ、深呼吸をする。痛みが引いて、頭も冴えはじめ、ここでようやく彼はテーブルの手紙の存在に気がついた。

赤い便箋に緑の縁。真ん中には金色で扇子が描かれている。白一色で統一された部屋で、一つだけ極彩色のそれは、どうして気がつかなかったのか疑問に思うほど、明らかに異彩を放っていた。

差出人は表には書かれていなかったが、彼には直感でこの手紙が誰からものか予想がついた。根拠はない。彼らしくないが、それは直感としか言いようがなく、どういうわけか色合いだけで、あの人の顔が浮かんだのだった。

中身を開けてみると意外にも簡素で、罫線もないただの白紙に、墨で大雑把に文面が認められている。

「もう遅いけど、目を瞑らないようにね!失神するから!マジで言っとけばよかったけど、忘れてたごめんちゃい。許してね。テヘペロっ♪ 天宮」

直感は当たっていた。やはり、天宮か。何ともあの人らしい文章だ。天真爛漫というか、無責任というか。本当に言い忘れなのかどうかも怪しい。面白がってただけかもしれない。そうやって悪戯っぽく笑っている彼女を想像したら、怒りよりも呆れの方が先に来て、彼はため息をついた。

そのまま手紙を折りたたんで、便箋に入れようとした時、紙がもう一枚あることに気がついた。そこには上の方に大きく「すけじゅ〜る」と書いてあり、一日の予定が書かれていた。

七じ おきる
八じ めし
九じ しゅぎょう
十二じ めし
一じ しゅぎょう
七じ めし
八じ しゅぎょう
十一じ ねる

流石の彼も思わず吹き出してしまった。これじゃ、書いても書かなくても同じようなものだ。そもそも気がついたからよかったものの、気がつかなかったらどうするつもりだったんだろうか。本当に適当な人だ。

「さて、今は何時だ。」

時計を探したが、どこにも見当たらなかった。記憶を辿ってみる。確かデスクの上には時計があった気がする。彼は時計を見ようとして、カーテンを開けた。

「わあっ!」

大きいけれど頼りなく震えている声。目の前にいるその声の主を見てみると、それはあの顔から火が出た少年だった。

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