目が光る⑺
食堂は思いの外賑わっていた。ざっと見ても、軽く50人はいそうだ。中は寺といった感はあまりなく、まるで高校の学食のようである。違うのは席が座敷であるということくらいだった。
「盛況ですね。こんなにいるとは思いませんでした。」
「あらそう?ここしかご飯食べるとこないしこんなもんじゃない。」
「あ、いえ、食堂にというより、この寺にというつもりでした。こちらの方々はみなさんどこから来られているんですか?」
こんな山奥である。しかも、入り口は南の仮屋で隠されており、容易には入れない。それなのに、これだけの人がいるのは不思議だった。入り口が別のところにもあるのだろうか。
しかし、天宮から返ってきた答えはもっとシンプルだった。
「どこから?ああ、言ってなかったか。違う違う。みんなここに住んでるのよ。」
「住んでる?それは、出家みたいなものですか?」
「うーん、まっ、長くなるし全部夕飯食べながら説明するわ。とりあえず料理選んじゃいましょ。」
彼の質問を軽くいなしてから天宮は左の注文カウンターに向かった。彼もそのまま左に曲がった。
カウンターに着くと、料理は定食が2種類用意されているらしい。どうやら日替わりのようである。彼は何となく部屋の雰囲気に流され、和食のB定食を選んだ。
定食を受け取り、会計をしようとしたが、レジがどこにも見当たらない。天宮に聞こうとすると、彼女は別にお金を払うでもなく、スタスタと卓に向かっていった。
無料なのだろうか。いや、しかし、割と豪華な料理である。食券はなかったから、後払いなのだろうか。しかし、その場合、どうやって定食を購入したことを確認するのか。
料金体系が分からず、あたふたしていると、後ろの方から、細い、けれども明るいトーンの女性の声がした。
「あのー、どうかしました?」
振り向くと、16、7歳くらいだろうか、そこには年頃の少女が立っていた。
「あ、いや、ちょっと料金体系が分からなくて。」
少女はきょとんとした後、パッと顔を明るくした。
「ああ、もしかして、新入りさんですか?ここの食堂は無料なんですよー。みんな私たちで作ってるんで。自給自足ってやつです!」
そうだったのか。まあ、こんな山奥で飲食店の経営が成り立つはずはないし、みんなここに住んでいるとするならここで払うお金をどこで稼いでいるんだという話にもなる。よく考えれば分かることだったので、彼は少し恥ずかしくなって、あの看護師の時のように、会話を続けてきまりの悪さを隠した。
「あ、そうなんですか。すみません、さっき来たもので、よく分からなくて。」
「やっぱり、新人さんなんですね!ということは、もしかして、天宮さん何もまだ教えてない感じですか?」
「そうですね。これから、夕食を食べながら色々教えてもらうみたいで。天宮さんっておっしゃいましたけど、有名なんですか?」
「有名も何も、ここはあの人の世界ですから、みんな知ってますよー。だって私たちみんな......あ、天宮さんから何も聞いてないんでしたね。あっぶない。色々話しちゃうところでした。」
少女はそう言って大袈裟に両手で口を塞いでみせた。何か話したらまずいことでもあるのだろうか。疑問に思った彼は聞いてみることにした。
「あの、どうして話してはいけないんですか?」
すると、彼女は笑いながら答えた。
「あ、別に深い意味はないですよ。ただ、天宮さんって自分でやりたがりだから。私が言っちゃうと多分拗ねちゃいます。『私が言いたかったのにー!!』って。だって、あの人———」
「アリス!言うんじゃないよ!あんたも、何してんのよ。ご飯冷めちゃうじゃない。早く!」
先に席についていた天宮が遠くから大声を上げて、割って入ってきた。少女はまずいと言うような顔をしてまた大袈裟に口を押さえている。
「すみません、すぐ行きます。」
彼は声を張り上げて天宮に返事をし、少女にお礼を告げた。
「ありがとうございました。おかげで助かりましたよ。」
「ううん、よかったです!お食事楽しんでください。じゃあ、また後でよろしくお願いしますね。」
「また後で?」
「あ、いけない。またどやされるところでした。」
そう言って彼女はまた口を両手で塞いで、一回深呼吸をしてから言った。
「その目、治るといいですね。お互い頑張りましょうー!じゃ!」
彼はギョッとした。気づいていたのか。それにしては少女は何の反応も示さなかったが、どうしてだろう。それに「お互い」と言ったが、一体......。
A定食を受け取り、軽い足取りで友人の元に行く彼女の後ろ姿を見ながら首を傾げている彼を、天宮が半ば叫びながら呼んでいる。
彼はそのヒステリックな声にハッと我に帰り、天宮の待つ席へと向かった。
B定食はもうとっくに冷めていた。
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