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hondashizumaru
【ショートショート】お手本
明日がまた来るのだと思うと夜も眠れないこのつましい日々に、唯一明かりを灯してくれたのは一冊の本だった。
それは、1人の青年がただ淡々と日々を生きていく話で、何か特別なドラマがあるだとか、強烈なメッセージ性があるだとか、そんなものでは決してない。
けれど、彼のその何に流されるでも、何に立ち向かうでもなく、まるで最初から世界と関係がないように、何とも関わらないで、それでも独り淡々と生きていくという姿が、私には何だかとても美しく思えた。
行きたくもない仕事に行って、聞きたくもない小言を聞いて、やりたくもないことをするだけの日々。
そんながんじがらめの生活、もう耐えられない。
私はどうにかして自由が欲しかった。
しかし、仕事をやめる勇気なんてない。
だから、私はこの青年に自らを重ね、せめて心だけでも自由になろうとしたのだ。
青年は私の憧れだった。読み進めるたび、私は何でも彼をお手本にした。
青年が池の周りを歩いたら、私も同じことをした。青年が絵を描いたなら、私もスケッチをした。青年がアルバイトを休んだなら、私も仕事を休んでみた。
すると、心がすっと楽になり、私は生きやすくなった。
それからも、私はずっと彼をお手本にした。
青年がたばこを吸い出したら、私も吸った。青年が小言を受け流したなら、私も上司の言うことを話半分で聞いた。青年が仕事をやめたなら、私もやめた。
何をしても、どこまでも、怪しいまでに青年は美しかった。
その美しさに、私は惹かれ、彼を真似し続けた。
そして、今日、ついに最後のページになった。手を震わせながら、ページをめくる。
物語の最後、青年は入水した。
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