【夢日記】<下④>鳴かず飛ばず
※前回の内容
【前回の内容を引用】
礼二さんは、肩の力対策は概ねクリア出来たとみなし、次のステップとして、不器用対策に乗り出そうじゃないか、と僕に言ってきた。
これまで述べて来たように、僕の不器用さは、複合的な要因が絡んでいるがゆえに、器用さが求められる作業が、てんでダメだったわけだが、だからといって、単純な手先の器用さという点だけを切り取っても、やはり、器用か不器用かで言えば、誰の目から見ても不器用に属する人間であることは、疑いようのない事実だった。
そこで、まず前段階として、肩の力が入り過ぎてしまう悪癖を矯正して、器用さを高める作業に集中しやすい状態にした上で、不器用対策に乗り出した方が、結果的に上達スピードは速くなるであろうと、はじめから考えていたらしかった。
この不器用対策は、名付けるならば「針の糸通し ~糸通しオジサンに頼るな!~」とでも言うべきものだった。
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僕は、糸通しの経験は、学校の家庭科の授業で、裁縫を行なった時ぐらいしか無いし、その時も、糸通しオジサンに頼らなければ、針に糸が通る気配が無く、すぐ糸の先がほつれてしまって、先っぽだけを糸切りバサミで切って、またトライするも、やはりほつれてしまう・・・といった具合に、苦戦の連続だった。
そんな負の記憶がフラッシュバックしてきた僕は、途端に及び腰になって、「礼二さん、それだけはちょっと・・・。『不器用対策』って、別に何も、糸通しに限ったことではないでしょう?」と、内容の変更を求めてみた。
しかし、礼二さんは、「前にも言ったじゃないか。一朝一夕ではなんともならないことは『だから諦める』と考えるのでなくて『だからこそ克服出来れば新たな道が開ける』と考えれば、未来がパァッと明るくなるんだ」と、聞く耳を持ってくれなかった。
いや、”聞く耳を持たない”、というよりも、”はじめから嫌がることを想定した上で僕に提案してきた”、といった方が、正しいであろうか。
礼二さんは、肩の力対策の「アポ無しGO!」と言い、不器用対策の「糸通しオジサンに頼るな!」と言い、僕が、まず独力であればトライしないであろうことを、ポンッと言って来る。
それに対して、僕は、脊髄反射的に、”そんなことやりたくない!”、と感じるものの、”この人に付いて行くと決めたのだから”、と自らに言い聞かせ、「アポ無しGO!」に取り組んだことで、曲がりなりにも、肩の力の出し入れを、体感覚に落とし込むことが出来た。
であれば、今回も、たとえ、不承不承といったテイであっても、「糸通しオジサンに頼るな!」に取り組むことで、自ら貼っている負のレッテル、”俺はどうせ不器用だから・・・、を取り除くことが出来るかもしれない。
そう。まさに「ピンチはチャンス」なのだ。今この瞬間を「ピンチ」と捉えるのか「チャンス」と捉えるのかは自分次第なのだ。そうだ。千葉ロッテマリーンズの2023スローガンも「今日をチャンスに変える。」だったじゃないか!
自分の中で、腹を決めることが出来た僕は、「ええ、やりましょう!いくらでも針に糸を通してやろうじゃないですか!」と、”不承不承”、ではなく、”何苦楚魂”、と言った感じで、礼二さんの提案を受け入れた。
そうして、「糸通しオジサンに頼るな!」という、極めて過酷ながらも、極めて地味な特訓に乗り出したわけだが、案の定、何とも形容するのが難しい、”地味な過酷さ”、だった。
当然、子どもから大人になったからといって、自動的に、針に糸を通すのが上手になっているわけもなく、小学生の頃にやっていたような失敗を、アラサーになっても、延々とやっているだけだった。
たまに、針に糸を通そうとするのに意識が向かい過ぎて、針の先が尖っていることを忘れて、手の甲辺りに、チクッと刺さってしまって、「あいたっ!」というのも、やはり、小学生の頃と全く同じだった。
礼二さんも、最初から、”地味な過酷さ”、になることは想定したようだが、それでも、僕の不器用さは、やはり想像の上を行ったようで、口には出さなかったが、”これほどまでに上手く行かないものなのか・・・”、と驚いているようだった。
そんな、”地味ながらも痛い視線”、を敏感に感じ取ってしまった僕は、礼二さんに、「一緒に糸通ししませんか?(笑)」と、冗談混じりに声を掛けてみることにした。
礼二さんは、ただ僕が四苦八苦している様子を観察しているのにも、内心、飽き飽きしていたのもあったのか、「僕もこういうのはあんまり得意な方じゃないんだけどね。上手く行くかなぁ?(笑)」と、暇つぶし感覚で、糸通しをやり始めた。
僕は、手を休めることはしないようにしつつ、時折、チラチラと、礼二さんの糸通しをチェックしていた。
すると、最初は少し苦戦したみたいだが、コツを掴んだのか、昔の感覚を思い出したのか、スムーズに、針に糸を通すことが出来るようになっていった。
そして、針の中でも、糸を通す穴が、一番小さいと思われるもの針にも、無事、糸を通せた後に、「ふ~」と、一仕事終えたような溜め息をついて、元居た位置へと戻って行った。
僕は、依然、針の中でも、糸を通す穴が、比較的大きめのと思われる針にすらも、糸を通せていないままだった。
僕は「あぁ、やっぱ、出来る人からすると、出来るんですねぇ・・・。(苦笑)」と、礼二さんの方は向かず、作業に集中しながら声を発すると、礼二さんは「他人と比べない。自分と比べる。世間に則さない。自分に則する。これが自己肯定感を持つ秘訣だよ(笑)」と、軽い調子を崩さないながらも、金言を、僕に授けてくれた。
僕は「うん。仰る通りです。頭では分かっているつもりだけど、心のどっかで、他人基準で生きているトコがあるのかなぁ~。(苦笑)」と、やはり軽い調子で応じながらも、礼二さんの言葉を、そっと胸にしまって、再び、糸通し作業に集中し直した。
・・・。
・・・・・・。
・・・・・・・・・。
僕は、永遠に続くと錯覚してしまいそうな、地味で過酷な糸通し作業を行ないながら、”アポ無しGO!の時と比べると、ソワソワしないで済むのが、唯一、良いところだなぁ・・・”、なんて、ボンヤリと考えていたら、目が覚めた。
~「鳴かず飛ばず」THE END~
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