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7665日の物語 8

中学を卒業するのと同時に、僕は空手から離れた。

嫌になった訳ではない。 破門になったのだ。

もうすぐ中学を卒業しようかという冬の雪がちらついている日だった。

それまでアルバイトは新聞配達だけだったが、中学に入ってからは

某ファーストフード店の厨房で20:00まで勤務していた。もっと遅くまで

働きたかったが、「中学生の勤務時間は20:00まで」という決まりが

あったのだ。

『お疲れさまでした、お先に失礼します!』そう言って僕は自転車を

走らせた。帰り道の途中にはボーリングとゲームセンターが一つになった

大型複合施設がある。僕は行ったことが無かったが、施設の周りを取り囲む

ように大きな駐車場があって、僕が帰る時間はまだ大勢の人がいた。

いつもと変わらないあの日。帰り道に爆音を立てて騒いでいる人達が

駐車場にたむろしていた。「暴走族か、関わりたくないな。。。」

僕は脇を何も見ていないように通り過ぎようとした。単車は5台あり、

7~8人いたと思う。シンナーの臭いがプンプンして頭痛になりそうだった。

彼らは大声を出してゲラゲラ笑いながら騒いでいる。

「誰か通報すればいいのに。。。」そんな事を思いながら通り過ぎようと

した時、『やめてください!返してください!!』女性の声が聞こえた。

『〇※△×・・・!!』たむろっている人達はシンナーのせいか、何を

言っているのかわからなかったが、女性が2人絡まれている事はわかった。

『やだー、誰か助けてー!!』寒空の下、女性が群がっている男達から

無理矢理コートを脱がされているのが見えた。

見て見ぬ振りは出来なかった。僕は自転車を止め間に割って入り、女性2名

をその場から引き離した。2人はそのまま振り返らず泣きながら去った。

当然何事もなく去れる状況ではなく、『てんめー!!このやろう!!』と

囲まれた。

日頃から10人相手に毎日稽古してきた僕にとって、恐怖感はなかった。

『あのー、帰らせてほしいんですけど・・・』丁寧に言ったつもりだったが

彼らはその言葉に『てめー、なめたことぬかしてんじゃねーぞ!!生きて

帰れると思うなよ!!』と返してきた。

「生きて帰る。。それ程の事でもないだろう。。」なんて考えていたら

後頭部を木の棒のようなもので殴られた。木刀だった。頭から顔にかけて

生温かいものが流れるのがわかった。それに関しては「殴られたか」という

位だったが、逃げたはずの女性が1人、逃げる途中で転んでしまったのか

暴走族の2人が馬乗りになっていた。これを見た僕の理性は吹き飛んだ。

急いで駆け寄り男二人を引きはがした。そこまでは覚えている。

ハッと気が付くと暴走族は全員倒れて呻いている。ある者はあらぬ方向に

腕が曲がり、ある者は血の泡を吹き、そしてある者は両足の太ももから

骨が折れて飛び出していた。 僕がハッと気づいたのは大きな爆発音が

したからだ。所謂ブチギレ状態で暴れまわっているうちに単車が倒れ、

ガゾリンタンクから燃料が漏れて、彼らの吸っていたタバコの火によって

引火・爆発したのだ。周りは騒然となった。パトカーに続き、消防車

救急車が何台も到着した。床に倒れている者達は救急車で運ばれ、僕は

救急隊員に頭を止血してもらった。消防車放水により爆発炎上した単車は

沈下され、ブルーシートで覆われた。僕はパトカーの中から見た自分の家

の光景を思い出した。 そんな時、おもむろに僕は警察官によって両手を

後ろ手にされ手錠を掛けられた。「え?なんで??」そう自らに問いかける

間もなく羽交い絞めにされ、パトカーに押し込まれた。今から思えば

仕方ないのかもしれない。まともに立っているのは僕しかいなかった

のだから。あとは全員倒れて重傷を負っている。通報を受けて駆け付けた

警察官からすれば、僕も彼らと同じくシンナー常習者とも見えるし、暴走族

同士の抗争にも見えただろう。僕は女性を助けた訳だが、それを立証して

くれる女性は居ないし、周囲は血の海・火の海。そこに両手両足血まみれで

1人立っている人間が居たら、その人間を拘束するしかないのだ。

『署で詳しく取り調べをするから暴れるな!おとなしくしろ!!』

『いや・・暴れませんよ。それよりこれ、外してくれませんか?』(手錠)

『お前みたいな凶暴なヤツ、外せるわけないだろう!!』

そうか・・・僕は狂暴なヤツに見えたんだ・・・。

空手とは「空っぽの手」と書く。読んで字のごとく全身が凶器なのだ。

アドレナリンの分泌で痛みを感じる事無く暴れまわった結果、パトカーに

乗せられて冷静になってみると殴られた頭、歯の突き刺さった拳、途中

何かで殴られたであろう、あばらも何本かやられているっぽかった。

30時間ほど警察署で取り調べを受けた。最初は「女性を助けた」と言っても

全く信じてもらえなかったが、一部始終を見ていた近所の人が情報提供して

くれたようで、途中から「過剰防衛」に切り替わり取り調べをうけた。

警察の聞き込みにも『彼は女性を助けた。彼が先に後ろから殴られた』と

伝えてくれたようだ。加えて『彼が1人で全員をぶっ飛ばした』と鼻息荒く

話してくれたようだ。素人のケンカではあそこまで酷い怪我はしない。武道

の心得がある者が行った結果であると断定された。警察組織の中にも護身術

として空手がある。流派は違えど、運ばれた怪我人の状態を見れば判る。

多人数戦闘に慣れている武術家が的確に動けない様に急所を狙っていたと。

これで「暴走族同士の抗争」という汚名は晴れ、違法薬物(シンナー)も

検出されなかった為、僕の無実は証明された・・・かにみえた。

「暴走族同士のケンカ」が「空手家による残虐な暴力」に変わっただけ

である。多勢に無勢だった事から傷害罪は免れたものの、過剰防衛には違い

ない。結果多くの重傷者を出し、単車火災を引き起こしたのである。

そして孤児の養護施設で生活している者だ。この偏見からは逃げられない。

僕は現実だけを淡々と話し、言い訳は一切しなかった。それが武道家の

あるべき姿だと思っていたからである。勿論、正気を失った状態で詳しく

思い出せないという方が正解であるが。。。

僕の身柄は警察内留置所に送られ、身元引受人として養護施設の園長が

名乗りをあげて諸々の書類が完成し手続きが終わるまでの間、

1週間留置された。「正義の為に見て見ぬ振りは出来なかった」正論だ。

が、やりすぎた感は否めない。ご近所様に類焼していた可能性もあった。

僕は施設の園長とご近所様の家々を、騒動について謝ってまわった。

そして久し振りに空手道場の敷居を跨ごうとした時、師範から破門を

突きつけられた。『二度と敷居は跨ぐな!!正義と暴力は違う!!』


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重度のうつ病を経験し、立ち直った今発信できることがあります。サポートして戴けましたら子供達の育成に使わせていただきます。どうぞよろしくお願い致します。