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【続編】精神科救急医療実録2 第7話 それでも、あなたは自殺を心から止めれますか?

 今回は、続編として精神科救急医療実録2第7話を、お伝えできればと思います。

経過

 『オペラントの条件付け』を入院生活に取り入れることでAさんの、比較的落ち着いて過ごすようになります。

 目標を定めて、自分が取るべき行動を理解したことで、徐々に退院後の生活を見据えた言動をとるようになりました。

 しかし、希死念慮や自殺企図は、しばしば認められ、何度か面談を実施します。

 面談室に来るAさんは、いつも人懐っこい笑顔を向けてきます。
 「お兄さん、ちゃんと生活できてるでしょ」
 「そうだね。この調子でいけば、妹さんとの面談もできるね」
 「うん!いつ頃、面会できるかな」
 「もう少し落ち着いてきたらかな」
 「落ち着いてきたらって?ちゃんと生活できてるって言ったじゃん」
 「うん。生活はちゃんとできていると思うよ。だけど、死にたいと訴えたり、自分を傷つけようとすることがあるでしょ?」

 条件付けでは、
 『希死念慮、自殺企図は保護室対応』
 と、したものの実際の運用は難しく、保護室は使用しませんでした。

 理由としては、
 ・未成年であること
 ・懲罰的な印象が強いこと
 ・福祉施設基準で対処可能にすることが求められていること
 などが主な理由でした。

 加えて、条件付けを開始した当初は不穏となり
 「保護室に入れろよ!」
 と、泣き叫ぶこともみられました。

 病棟からその様な経過の報告があり、私は問題はAさんだけではなく、病棟の対応にも問題があるのではないかと感じていました。

対応の難しさ

 病棟の対応に問題がある、といっても、神経・精神科領域では単に疾病によって個々の特性が理解できるというわけではありません。

 同一疾病の患者でも、性格特性、成育歴、生活歴などによって有効な対応方法は違いました。

 そして、それは対応時の
 『波長合わせ』
 によって、相手に同調し、受容・共感しながら、人物像を見据えて答えを探します。

 病棟職員で主に稼働している看護師でも精神看護専門の看護師は、ほとんどいませんでした。

 ましてや看護助手も含むと、対応手法の統一は一層困難となります。

 私はAさんに
 「病棟で死にたい気持ちになってしまうのはどうして?」
 と、率直に尋ねました。

 Aさんは、
 「○○さんは、ちゃんと話を聞いてくれて励ましてくれるけど、他の人は話し聞いてるのか、聞いてないのか分からないし、嫌になって死にたくなる」
 と、訴えました。

看護師へのヒアリング

 私は、Aさんとの面談したあと、状況の確認のため、病棟主任にミーティングの機会を設けてもらいました。
 「Aさんが、○○さん以外の看護師の対応に不満を持っているみたいなんですが」
 「うーん。そうだよね。こっちでも不満を持っているのは把握していて、申し送りの時に話し合ってはいるんだけど」
 「○○さん以外は、どんな対応なんですか?」
 私は、問題の原因を突き止めようと思わず追及してしまいましたが、事は単純なものではありませんでした。

 ○○さんという看護師は、Aさんの話に耳を傾け、目標に向けての声掛けをしてくれていました。

 Aさんはその言動に、話しを聞いてくれている、という印象を持っていました。

 一方で、その他の大部分の看護師は、Aさんが話しかけても
 「うん、うん」
 と、相槌は打つものの、励ましたり、アドバイスをくれないので、話しを聞いてくれていない、という印象を持っていました。

 そして、その様な対応は
 『うつ病だから』
 ≪うつ病だから、励ましたりしてはいけない≫
 『全体性の問題』
 ≪Aさんにだけ特別な対応をすることができない≫
 と、いう理由から生じていました。

それぞれの問題

 『全体性の問題』は特殊なケースでは、よくある問題で、他の入院患者と比較して、過度な看護や支援が必要な場合に、公平性の観点から対応に疑義を抱かれます。

 『うつ病だから』に関しては、入院カルテにファイリングしてある診療情報提供書に病名の記載があることや、希死念慮・自殺企図=うつ病という認識から、その様な対応をしていた、ということでした。

 『全体性の問題』は、不穏な患者に時間を多く割くのは、安定した入院生活の応分負担という理由で押し切り、表面上は納得してもらいました。

 しかし『うつ病だから』に関しては、センシティブな問題なので対応に困ります。

 看護職員に、Aさんは
 『うつ病ではない』
 と、伝えてない理由があったからです。

 それは、
 ・診療情報提供書に『うつ病』と記載があること
 ・『うつ病』を否定した場合、現在推測している病名を伝えなければならないこと
 ・『境界性パーソナリティー障害』は確定診断でないこと
 ・『境界性パーソナリティー障害』は看護者・支援者に好まれない疾病であること
 などの理由があったからです。

 そのため、Aさんを境界性パーソナリティー障害だと疑っているのは、主治医、病棟主任、私、心理部の人間だけでした。

 私達は、個別のミクロ的な治療領域においては、病名という分類を重要視していなかったので、病名を伝えることにより、先入観で支援に溝ができるよりは、沈黙を選択していたのです。

 しかし、Aさんが入院してから40日ほどが経過し、病名を周知するかの判断を迫られることになりました。

 精神科救急医療実録2 第8話へ続く

 最後まで読んで頂き、ありがとうございました。
 このコラムは私の個人的な知見に基づくものです。他で主張されている理論を批判するものではないことをご理解いただいたうえで、一考察として受け止めて頂き、生活に役立てて頂けたらと思います。

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