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日本の音

ポップスをはじめロック、クラシック、ジャズ等、日常的に耳にする音楽は沢山あり多ジャンルに広がっています。しかし残念ながら、日本の伝統的な音楽である純邦楽に触れるという機会はとても少ないです。僕に関して言うと、今でこそ和楽器奏者の知り合いが増えましたが、数年前までは和楽器や和楽器奏者と接する機会は全くありませんでした。今回はそんな日本の音との出会いや和楽器を使った音楽についての少し長いお話です。

祇園祭

初めて日本的なサウンドを生で耳にしたのは23,4歳の頃かな、京都に行った時でした。最近は普通に京都に旅行に行きますしライブもDJも京都で行なっていますが、当時は中学の修学旅行以来の京都訪問だったと思います。ちょうど夏が近づく季節で、夕飯を食べた後にちょっとした裏路地に入った時でした。どこからか「コンチキチン♪」という音が聞こえてくるのです。なんだろう?と辺りを見回すと、とある建物の2階から聞こえてくる音だという事がわかりました。アテンドをしてくれた京都の人にこれは一体何をしているのか尋ねると、祇園祭のお囃子の練習をしているんだよ、という事を教えてくれました。

まず驚いたのはお祭りの為に練習があるという事。なんと素敵な風習なんだろうと。僕の生まれ育った町は工場の町でしたが一応大きな祭りがありました。これが何と言うんでしょう、祭りなのかなんなのか、祇園祭とは全く異なります。小学生の時にその祭りで見た出し物が、地元の工場で作られた部品をベルトコンベアに乗せて流す、というものでした(苦笑)。見た瞬間ちびまる子ちゃんばりの縦線が顔に入りました。それはそれは沢山の部品がエンドレスに流れてきました。子供ながらになかなかぶっ飛んでる祭りだなと思った記憶があります(笑)。そんなわけで、僕にとっては祇園祭へ向けてのお囃子の練習の音というのは色々な意味でとてもグッと来るものがありました。きっとその時の気候や街の雰囲気も、関東からほぼ出た事のなかった僕には新鮮で何か心に響くものがあったのだと思います。しかしそこでお囃子の練習の音を聞いて以降、残念ながらなかなか和楽器との出会いはやってきませんでした。

SAMURAI

それから数年経った26歳の頃、沖縄のミュージシャンの平安隆さんとご一緒させて頂く機会がありその際初めて沖縄の三線に触れました。そして28歳の時に大きな機会がやってきます。当時"SAMURAI"が世界各地で自分の想像を超えるヒットを記録していました。これはとても嬉しいのと同時に、次に何をしよう、という悩みも生みました。その結果、SAMURAIとは全く異なるジャンルのラテン、スパニッシュ、そしてブラジル音楽にチャレンジしていきます。その中に"Dentro mi alma"というスペイン語の歌モノがあるのですが、なんとこの曲のYoruba Soul RemixというバージョンがSAMURAI以上にラテン圏でヒットします。今でもよくかかってるそうでお客さんが大合唱している動画とかに時々タグ付けされます(笑)。

ちょっと話逸れますが、”SAMURAI”は2022versionの配信が始まりましたのでぜひ聞いてください。(2022,5月23日時点)

ハッとさせられる

そんな28歳の頃です。僕はちょうどJazztronikの初のヨーロッパツアーを行っていました。そしてその時一緒に回った海外ミュージシャン達に僕の音楽人生における大きなテーマとなる事を言われました。

「リョウタが作るラテンの曲も悪くないけど、もっと日本を感じれる曲を僕達は聞きたいヨ!」

さりげない言葉でしたがハッとさせられる言葉でもありました。確かにそれまで日本の伝統的な音楽に向き合った事はほとんど無いし、当時の僕はいかに海外の人達と同じような曲を作るかという事が最優先だった様な気がします。そしていかに日本の人が海外を感じられる曲を作れるかという所に力を注いでいたかもしれません。
日本を感じれる曲、これは深いテーマです。

鼓童

そんな僕はヨーロッパツアーの最中にドラム担当のDavide Giovanniniから鼓童について教えてもらう事になります。日本を代表する太鼓集団の鼓童の存在はもちろん知っていましたが、ヨーロッパのミュージシャンには作り上げられない鼓童の音楽やパフォーマンスの素晴らしさを切々とDavideが語ってくれました。海外のミュージシャンが日本のアーティストの純日本的な部分に魅力を感じる事があるなんてそれまで思った事もなかったのでとても驚きました。そこから僕自身も鼓童を色々と聞き始め一気に鼓童のファンになっていきます。そしてぜひ何かご一緒させて頂きたいという想いが強まりコラボレーションを申し込みんでみる事になります。その結果出来上がったのが”en:Code”という曲です。この曲で初めて日本の楽器を自分の曲に導入しました。

en:Code

en:Codeの冒頭には当時の僕の頭の中にあった、自分なりの日本のイメージや日本の音楽への挑戦、そういったものが音となって表現されています。京都で祇園祭の練習を聞いた時に感じたものだったり、遠くから音が聞こえる盆踊りの会場にどんどんと近づいていく感じだったり、お祭りの為に飾られた提灯が赤く照らす夜道の感じだったり、自分自身が日本を感じる様なものをすごくイメージして作った記憶があります。今でも自分の曲の中ではかなり気に入っている曲です。約13分もあってめちゃくちゃ長い曲ですけど(笑)。

その後、だいぶ時が経ち『Keystone』というアルバムを作っている頃でした、明日佳という箏奏者と出会います。それまでの間も和楽器奏者をずっと探していたのですが結局なかなか出会う事が出来ずでした。音楽を生業としていてもそれくらい出会えないものなのです。しかし灯台下暗し、なんとこの明日佳ちゃんは僕のスタジオから歩いて1分の場所に住んでいたのです。出会ったのは道端ではなく、僕が和楽器奏者を探している事を知っていたスタッフが紹介してくれました。幸運な事に明日佳ちゃんはいわゆる純邦楽以外の音楽にも興味を持っていて僕とのセッションにもとても積極的に取り組んでくれる演奏家でした。エストニアの教会で僕のピアノと明日佳ちゃんの箏のコンサートをやった事もあります。邦楽器の演奏家は伝統的な音楽以外はなかなか演奏してくれないかなと勝手に思い込んでいたので、明日佳ちゃんの様な和楽器奏者の存在はかなり心強いです。『Keystone』には箏が使われている曲が2曲(”The City Beyond-幻””PeachBoy”)ありますがそのどちらも明日佳ちゃんの演奏によるものです。


Hizuru

和楽器と今の時代のJazzを融合させたら一体どんな音楽が出来上がるのだろうという興味が30代半ばからずっとありました。それを実際音にしてみるにはリード楽器になりうる尺八の演奏家を探さなくてはなりません。当然僕の周りには尺八奏者はいなかったので明日佳ちゃんに相談をしたところ尺八奏者の田辺しおりさんを紹介してもらう事が出来ました。田辺さんも明日佳ちゃんと同様に純邦楽以外の音楽にも前向きに取り組んでくれるミュージシャンで心強い限りです。また別の人からは三味線奏者の木村俊介さんを紹介してもらいます。こんな感じでなんだか急に和楽器奏者が自分の周りに登場し始めます。そして2017年、和楽器奏者3人をフィーチャーしたプロジェクトHizuruが始まり、アルバム『飛鶴 /Hizuru』をリリースします。結果から言うとHizuruは大成功しました。特にヨーロッパとアメリカではとても高い評価を頂きました。世界的なコロナによるパンデミックの状況にならなければ2020年にヨーロッパツアーを予定していただけに残念です。Hizuruで目指した音楽は和楽器が和楽器然としてその中に自然に存在しうる音楽です。音楽の内容としては、もちろんJazzの要素も入っていますが、参加してくれた8名のミュージシャンと共に全く新しいインストミュージックを作り上げる事が出来たと思っています。一番聞かれている”牛若丸”という曲はミニマルミュージックの要素が入っています。和楽器のミニマルミュージックなんて多分ほとんど存在していない気がします。残念ながらHizuruは日本ではまだあまり聞かれていません。和楽器の魅力がとても良く表現されているアルバムになっていますので皆さん是非聞いてください!


アンビエントの話

Hizuruはどんどん一人歩きをし、現在も一人歩きし続けています。そんな最中、アメリカの人気HiphopプロデューサーのClams CasinoがHizuruをサンプリングしてアルバムを作りたがっているという話が来ます。Hiphopといっても彼の音楽は「YoYo!」的なマッチョなタイプではなく、スピリチュアルでアンダーグラウンドなHiphopです。もちろん僕は彼のオファーに対しOKを出しました。その結果『Winter Flower』というアルバムが出来上がります。ここからが面白い話なのですが、ちょっと話が複雑です。

ところで、世界で最も使われているマインドフルネス系音楽アプリの”CALM”を皆さんご存知ですか?世界で1億人が使っていると言われているアプリです。

このマインドフルネスという言葉はなかなか説明しづらいので皆さんググってみてください。このCalmではヒーリング効果のあるアンビエントの様な音楽が沢山使われています。かなり質の高い音楽が揃っているのですが、Calmはその音楽を自社で制作しています。名だたる著名な海外のアーティストやクリエイター、そしてDJにも、このCalmのコンセプトに合いそうな音楽を作らせているのです。僕はもともとアンビエントミュージックが大好きな事もあり一時期このCalmを使っていました。そんなCalmから曲提供の依頼が突然僕に舞い込んできたのでそれはそれは驚いて興奮してしまい、しばらくはCalmを開いてもヒーリング効果ゼロでした(笑)。

よく話を聞いてみたところ、こういう話でした。Clams CasinoがHizuruをサンプリングして作ったアルバム『Winter Flower』、これをさらに僕がサンプリングしてCalmに合うアンビエントミュージックを作って欲しいという依頼だったのです。
多分「どういう事?」と思っている方も多いかと思いますので詳しく説明します。

まずHizuruの音がClamsにサンプリングされます。

アルバム『Winter Flower』完成、リリース。

Calmから『Winter Flower』の素材を使ってアンビエントミュージックを作る依頼が来る。

『Winter Flower』で使われている音(ClamsによってサンプリングされたHizuruの音)を自分でサンプリングし直す。

そのサンプリングし直した音を使いアンビエントミュージックを作る。

こんな流れなので最初聞いた時はすぐに理解が追いつかない依頼でした。加えてCalmとClamsがスペルが似ているのでやりとりの英文を読んでいだんだんわからなくなってくるんです(笑)。

和楽器の音を知ってもらいたい

過去他のアーティストのプロデュース、アレンジ、リミックスはかなりの数をこなしてきましたが、これは全く初のパターンで非常に面白い経験でした。この作業にあたり僕に与えられた音素材はHizuruの音がサンプリングされた事により作られた音です。なので当然そこからは和楽器の音も聞こえて来ます。でもその和楽器の音素材は既にClamsにより色々なエフェクト処理が施されているので和楽器もノイジーだったりリバーブやディレイがかかったり、もしくは他の音が被っていたりしている状態です。これはこれでカッコ良いサウンドなのですが、これだけ世界中にユーザーがいるアプリに音楽を提供するのだからちゃんとした和楽器の音を知ってもらいたいし、知ってもらえる良い機会だという気持ちが僕にはありました。なので、制作するにあたりサンプリング素材だけを使用するのではなく和楽器のレコーディングも行いたい旨をCalm側に伝えたところ快諾してもらいまして、明日佳ちゃんの箏と田辺さんの尺八のレコーディングを行う事となりました。そして最終的には『Winter Flower Reimagined』というタイトルのアルバムが完成します。どんなサウンドになったかは各配信サービスで聞けますのでぜひチェックしてください!配信バージョンはCalmバージョンとはほんの少しだけ異なります。Calmバージョンはより静かでアンビエントな感じです。そちらはCalmの会員になるとお聞きいただけます。


わらべうた

日本の伝統音楽の中には皆さんも子供の頃遊びながら歌ったであろう”わらべうた”があります。僕が大尊敬している民族音楽研究の第1人者である小泉文夫さんは、1961年~1969年にかけて自分の東京藝大の生徒達と共に都内の子供達を対象にわらべうたを採集そして研究し『わらべうたの研究~研究編~』『わらべうたの研究~楽譜編~』を出版しています。先日やっとその2冊を古本屋で見つける事が出来ました。内容は想像以上に濃いものになっておりかなり読み応えがあります。調査対象の学校数は100校、採集したわらべうたの数は2000以上とのこと。実は日本人はわらべうたを通して知らず知らず難しい音程だったり不思議な拍子だったりを子供の頃に経験しているんですよね。子供の頃のそういう経験や記憶は間違いなく体の奥底に刻まれているはずです。わらべうたを通して今の日本の音楽を研究してみたら面白いだろうなと思っています。ひょっとすると日本人が好む音楽の傾向がわかるかもしれません。そういうのを発表するオンラインサロンでもやろうかな。

実は結構大きいサイズです。

余談ですが僕の生まれ育った町は僕が子供の頃は工場だらけでした。わらべうたより工場の機械音の方が耳に残っています。今でもどこかで工場から聞こえて来る機械音を耳にしたり工場の油の匂いを嗅ぐと、落ち着くというか懐かしいというか、あまり不快な感じはしません。育つ環境が与える影響は凄いなと思います。僕がTechno好きなのも絶対工場の機械音と関係あると思います。

あとがき

今の音楽エンターテインメント業界というのは基本的には西洋的な音楽が土台となったものが主流となっています。この状況は僕が生まれる以前からそうであったし、僕自身西洋音楽を勉強し西洋音楽に圧倒的に影響を受けているのでそれに関しては何の違和感も感じていません。しかし、日本の伝統音楽や和楽器の事を知れば知るほど、なぜこんなに素晴らしい自分の国の音楽文化があるのにそれを自分の音楽に活かせていないのだろうという疑問や葛藤が生まれてきます。日本の伝統文化を活かした食やファッション、音楽以外のエンタメはどんどん海外へ出て行っています。SAMURAI 2022versionのデザインを描いてくれた岡崎能士さんの海外人気なんてホントに凄いです。

数年前に京都でピアノと箏のコンサートを行った際、そこに来てくれていた海外の方が「今日は日本で聞きたかったイメージ通りの音楽にやっと触れる事が出来てとても嬉しい。私達が聞きたいのは和楽器が演奏するビートルズの曲ではなく、今日あなた達が演奏した様な音楽です。」と言ってくれたのをよく覚えています。その日は多少実験的ではありましたが、純粋にピアノと箏だったらこういう音楽がカッコ良いのではないかと思い行ったコンサートでした。もっとそういう音楽の試みが日々行われても良いのかもしれません。

和楽器や日本の伝統音楽を本当の意味で活かし新しい音楽を作るというのは中々簡単ではありません。流行りの西洋音楽的な視点で意見してしまうと正直カッコよくするのはなかなか大変です、かなり試行錯誤しないと。でも、あともう少しで何か和楽器のポイントを掴めそうな感じはしています。自分に無理して、これカッコ良いんだよ、と言い聞かせる必要がないものが作れそうです。せっかく築いたHizuruや『Winter Flower Reimagined』の流れを崩さず先へ進みたいところです。

ひょっとすると僕は様々な国と音楽での文化交流がしたいのかもしれません。もちろん今までも文化交流していますが、日本の民族音楽である伝統音楽の部分に於いても、様々な国の人達と交流をしたいのだと思います。僕は和楽器は演奏できないですが、自分の曲や培った日本の音楽の知識を通じて国内外問わず日本の音の魅力を伝えていけたらと思っています。この先色々な事が今までより落ち目になっていくと言われている日本ですが、だからこそ様々な分野において国際的な文化交流が必要なのではないかなと思います。今の様な世の中になるとより一層そういった気持ちが強くなりますね。僕は音楽で少しでもそういった事に貢献できたらと思っています。

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