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割り増し料金

深夜2時、駅前に止まっていたタクシーに乗り込む。本来ならば初乗り料金500円が深夜になった途端に、割り増し料金が最初からつく。終電で帰れば、300円ほどで帰れるのに、終電を逃したため、割り増しの表示がついたタクシーに乗る羽目になった。

タクシーの運転手が「お兄さんどこまで行く?」とタメ口を効いてくる。年下だからといって、最初からタメ口を効くその浅はかさが今日はなんだか心地良い。行き先を伝えると、「はい」とだけ答える運転手はそれ以降無口になった。

料金メーターが220mごとに、100円ずつ上がっていく。それに伴って、自分のクズさが割り増しで上がっていく。あの女はクソ。どうせあんな奴はモテない。都合のいい男に捨てられろ。どんどん自分の中の悪魔が目を覚ます。

「なんか嫌なことありました?」
「え?なんでですか?」
「この世界に入るといろんな人を見るんよ。疲れている人もいれば、満足げな顔をしている人もいる。あんたは疲れている顔でも満足げな顔でもない。イライラしている人の顔だ」

タクシーの運転手が言っていることは図星だった。だから、何も言い返せなかった。今日の機嫌は最悪である。21時集合。大衆居酒屋ではなく、高層ビルにある高級フレンチに行った。初デートだからかっこいいところを見せたい。男って生き物は見栄を張りたがるし、それを逆手に取って悦に入る女もいる。

今夜のデートはとにかく最悪だった。話を盛り上げようとしても、会話のキャッチボールががまったく続かない。お金を払う気がないことはすぐにわかった。きっと財布すら持ってきていない。こちらとしても、時間を共に過ごしているのだから楽しんでほしい。一緒に楽しむという気配が彼女には一切なかった。最悪の女に出会った。それなのに、僕は終電を逃した。世も末である。

女とはマッチングアプリで知り合った。やりとりを重ねるのは面倒。付き合う気がないからヤるだけでいい。なんならセフレでいい。LINEを聞いて、すぐさまデートの約束を取り付けた。そんな邪な気持ちがすべて裏目に出た。

女と別れてからも散々だった。酔っ払いの喧嘩の仲裁に入って、立会人として警察から事情聴取を受けた。喧嘩の際にシャツは引きちぎれ、大切にしていた指輪もどこかへ行った。今日起きた一連の出来事がいい日だと思えるのであれば、そいつは脳内にお花がたくさん咲いているにちがいない。

その会話以降、タクシーの運転手は何も話しかけてこなかった。誰かと話したいわけでもない。俺のイライラを見透かすだけ見透かして、それ以降は踏み込まない。気の利いた言葉のひとつでもあれば、気分は変わるかもしれないのに。絶妙な距離感がさらにイライラを割り増しにしていく。

料金メーターが割り増しで上がっていく。それに伴って自分のクズさが割り増しで露呈する。どうしようもない夜に、やり場のない思いを抱えながらタクシーは自宅のマンションへと近付く。

深夜のタクシーなんて最悪である。楽しんだ夜ならまだしもなにもいいことが起きない。くそみたいな女のせいでデートは最悪だったし、タクシーの運転手に簡単に心を見透かされるわ、料金も割り増しだわ、おかげでどんどん酔いが醒めた。

後悔ばかりが頭をよぎり、失敗ばかりが思い出になる。マッチングアプリなんてくそだ。やめてやる。退会ボタンを勢いで押そうとしたが、一度旨味を知った人間はそこから簡単に逃れられない。

「3,080円です」

今夜は特に最悪だった。「ごちそうさま」も言えないくそみたいな女とデートをした。タクシーの運転手は簡単に心を見透かして、さも当たり前かのように割増料金を請求する。その腹いせに女のLINEをブロックして、マッチングアプリで出会った別の女に連絡をした。

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