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溺れるような恋をした

世の中の恋愛には2種類の恋愛がある。それは誰かから祝福される恋愛と誰にも祝福されない恋愛だ。前者の恋愛はさぞかし楽しいことだろう。誰もが祝福される恋愛を望み、誰にも祝福されない恋愛を忌み嫌う。

あれは2年の前の秋の話だ。会社の同僚と臨んだ合コンで出会った女性に恋に落ちた。顔のパーツの1つずつを分解すれば、タイプではないけれど、絶妙なバランスで並べられた整った顔。キャンプや山登りではなく、お家で読書を嗜みそうな感じで、おしとやかに見せかけて、ちゃんと自分の意見を持っている。僕の好みがそのまま反映されたような女性だった。

人数合わせで初めて合コンに参加した僕は、自己紹介ゲームが終わったあとはずっと卓上の端っこでちびちびハイボールを飲んでいた。一方、彼女も僕とは真逆の卓上で、つまらなさそうにずっとiPhoneばかり弄っていた。

彼女も僕と同じ人数合わせなんだろうか。卓上の端と端。声を掛けたくても掛けられない距離。いや、それはすこし大げさで、本当は席を移動すれば容易に声を掛けられる距離。お互いに目が何度か合うだけでそれ以降のアクションは何もなかった。一次会を終え、同僚たちは二次会へと向かう。一次会で気疲れした僕は1人で駅に向かっていた。

難波の飲み屋街を抜け、赤信号で立ち止まる。信号が青に変わり、信号機のランプが少しずつ減るさまを見ながら横断歩道を渡る。21時にも満たない駅前はやけに人が多い。右を向いても、左を向いても周りにはたくさんの人。愛を歌う人にそれを見守る人。通りかかる人にひとしきり声を掛けるキャッチ。缶ビールを片手に駅に向かうサラリーマン。いまどきの服装をした大学生の集団。

ふと周りを見渡してみると、さっき合コンにいた彼女が目に入ってきた。向こうもこちらに気づいた。まるで磁石のように引き合ったかのように、僕たちは初めて会話を交わすのであった。

「えっと、二次会に行かなかったんですね」
「人数合わせで呼ばれただけだし、人が多い飲み会は苦手なんだよね」
「あ、じゃあ僕と同じですね。ああいう場ってどう振る舞っていいかわからなくて…」
「まだ全然飲み足らなくて、明日日曜だし、せっかくだし飲み直さない?」

半ば強引に僕は難波の飲み屋街に連れて行かれた。人混みを掻き分け、キャッチの声を押し退ける。そんな君の後ろをついていくことしかできなかった僕。

「ちょっと友達と会ったらどうするんですか」
「ええ、別にどうでもよくない?なんとでも言い訳がつくし」

彼女は自由気ままだった。流行りに縛られず、自分のこだわりを強く持つ。特に服にはこだわりを持っているらしく、古着ばかり身に付けている。高級品には興味がなく、手作りのものをこよなく愛し、贅沢よりも日常でよく起きる些細な出来事をよく好む。

飲み屋について席に通された。そして、開口一番に彼女が「生2つで」と声を張り上げる。ちょっと待ってと言う間もなく、いとも簡単に彼女のペースに乗せられて、自由であるとはこういうことだと思い知らされた。

二軒目を出て、それなりに酔っ払った僕たちはなんの躊躇いもなく、夜の街へと足を運んだ。ネオンがついたホテルを見つけると、彼女が一目散に走り出した。

「こういうところ来るのって非日常を味わっているみたいでなんだかわくわくしない?」
「僕、こういうところに来たことがないんですよね」
「嘘!じゃあデビューじゃん。お祝いに早く部屋に入って飲み直そ!」

ずっと彼女のペースだった。彼女の誘導を元に彼女に触れる。「そこは痛い」とか言われたところで、どうすればいいかわからなくて、それでも彼女の誘導は最後まで優しかった。この日、僕は彼女に恋に落ちた。

そこから2週間に1度のペースで、土曜日の夜に僕たちは難波でお酒を飲んだあとに、ホテルに行くことになる。徐々に女性がわかるようになってきた僕を見て、彼女は「君はいい男になれるよ」と言った。そして、優しく微笑みながら僕の頭にそっと口づけをした。

でも、1つ問題があった。彼女にはすでに恋人がいる。つまり1番にはなれないってことである。それは赤信号を自ら渡るようなものだ。この事実を受け入れるか。それともこの恋を諦めてしまうか。1番になれない恋愛は、どこに向かおうがすべて地獄である。地獄を選ぶか、別の地獄を選ぶか、はたまた彼女との関係をやめてしまうかを複数の友人に相談したところ、いつも返ってくる返事は「そいつはやめとけ」だった。

誰にも祝福されない恋愛なんだろう。1人で抱えたところで、八方塞がりになる始末。諦めて別の恋をした方が綺麗に纏まる。それでも2番目でもいいと思える魅力が彼女にはあった、と、簡単に口走る程度には彼女に夢中だった。

地獄への片道切符を手にした恋愛。地獄とわかっていながらも、LINEの既読無視は心に来る。会えない日々は当たり前。優先順位は1番には勝てない。「恋愛は相手を不安にさせない人を選びなさい」と恋愛本に書いてあった気がするけれど、僕はセオリーから外れた道を自ら選んだ。

彼女との付かず離れずの関係が始まって、早いものでもう半年の月日が経った。これはある日、彼女と海に行ったときの話だ。突然、彼女が「海が見たい」と言い出すものだから慌てて車をレンタルして、彼女の最寄り駅まで車を走らせた。

「どこの海に行くの?」
「どこにしよっかなぁ。行きたいところある?」
「僕が行きたいところを言ってもいつも却下するじゃないですか」
「じゃあ曲がり道に出くわすたびにじゃんけんで決めない?私が勝ったら右で、君が勝ったら左にしよ」
「それって海まで辿り着かないパターンありますよね」
「よ!それまた人生だよ、青年」

僕たちは曲がり道に出くわすたびに、じゃんけんをした。勝ったときは子どもみたいに大はしゃぎして、負けたときは本気で悔しがる。何もかもに全力で、それでいて自由な彼女が好きだった。

5時間ほど車を走らせると、海に着いた。お昼前に出発したため、陽はまもなく地平線より下に落下する。そのさまを2人で眺め、彼女が「たまにはこういうのも悪くないね。ずっと仕事ばかりだとしんどいし」と言った。適当に相槌を打って、陽が落ちるさまを眺める彼女の横顔に見惚れていた。

帰り道は流石に疲れたのか、彼女は助手席ですやすや眠りについていた。後部座席から上着を取り出し、風邪を引かないように彼女の上に被せる。車の通りが少なかった道路も少しずつ車の通りが多くなっていく。彼女の睡眠を邪魔しないために、高速に乗らず、あえて下道で帰る。なんて彼女と離れたくないだけだ。

車の窓を開けて、タバコを吸って、溜息を吐く。ラジオからは「ふたご座の明日の運勢は吉。ラッキーアイテムは自然です」と明日の占いが流れていた。なんだよ、自然は今日見てきたよと思いながら、ハヌマーンの“アパルトの中の恋人たち”を流した。

彼女の最寄り駅に着いたため、彼女を起こすと、「いけない、もう恋人が家に帰ってきてる!今日はほんとありがとね、そして、ごめん。またね」と言い残し、彼女は去った。感謝や謝罪よりも彼女の「またね」に安堵している自分がいた。1番になれなくても、また今度がある。その一縷の希望が失われた瞬間に、きっと僕の彼女への想いは爆発してしまうんだろう。

レンタカーを返し、帰路に着く。すると、iPhoneが光った。そこには彼女の名前があり、「もしかしてバレた」と焦りながら恐る恐る通話ボタンをタップした。

「私結婚するんだ」
「そっか。おめでとう。幸せになってくださいね」

突然の報告に目の前が真っ暗になった。彼女に「またね」と言われた当日に「またね」が過去になった。そして、傷つけられた事実を前にしても何も言えなかった。目一杯罵って、お互いの顔を2度と見たくならないように仕向ける。それをする権利は僕にあったはずなのに、終わりが確約した瞬間に、頭の中に溜めていた言葉が、そして、ありったけの憎悪がすべて無に帰した。

誰に相談しても「そいつはやめとけ」と言われる恋愛だった。最初から1番になれないとわかっていた恋愛だった。誰にも祝福されることなく、味方が誰も存在しない恋愛だった。たった1人で絶望して、会えた時だけ安堵して、もしかするとそんな自分が好きだったのかもしれない。

いや、2番目でも君がまた会ってくれるのであればそれで良かった。会えない日々やLINEが返ってこない日々が続いたとしても、会った瞬間にその寂しさはすべて消えてしまった。多分じゃなくて、ちゃんと好きだった。報われないと知りながらも、自分の時間を捧げるに値する人だった。世間とか祝福されないとかそんなことはどうでもよくて、ただただ君が好きだった。

単に君に溺れていたんだろう。2年がたったいま、当時の自分が冷静ではなかった事実に気づいた。恋に溺れ、君に溺れ、挙げ句の果てには君を失って、2年の月日がたってから自分の愚かさと醜さを知った。

いつしかEXILEが「日曜日の夜はベッドが広い」と言っていた。その言葉の意味がわかるようになったらもう大人になった証拠なんだろう。実際にそれを味わって、それでも「いつか」と思うようになったら完全にこちらの負けなんだろう。報われなくて良かったと思える恋愛が、2番目でもいいと思えた恋愛が、周りが見えずに溺れてしまった恋愛が、たしかにあのとき僕たちの世界には存在した。

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