もういなくなってしまった君のこと

秋と言えば、いったい何を連想するだろうか。読書の秋。食欲の秋、中秋の名月、金木犀にコスモス。秋を代表するものはそのほかにもまだあるけれど、代表的なものはパッと思いつくだけだけでこれだけの数がある。さて、僕にとっての秋は、2年が経ったいまも忘れられない淡い恋の思い出が蘇る季節なのだ。

かつては恋に落ちた僕らが出会ったのは秋だった。そして、お別れをしたのもまた秋だった。当時、大学一年生だった僕と、大学三年生だったかつての恋人。大学の校舎内で紅葉を鑑賞している僕に、いきなり話しかけてきたのが君だ。男が一人で紅葉を眺めている姿を不思議に思ったんだろうか。それとも可哀想なやつだと思われたのか。いつか君が僕に声を掛けた理由を聞こうと思ってはいたものの、もういなくなってしまった君には、永遠に聞くことすらできない。

笑ったときに出るえくぼ。赤いリップに程よく塗られたチーク。大学生とは思えない雰囲気を醸し出し。長い指を通した黒髪はとても艶やかで。どこか寂しげで、それとなくつぶらな瞳が僕を簡単に虜にしてしまった。

そう、この恋は僕の一目惚れから始まった淡くほろ苦い思い出である。一目惚れをしたのは最初で最後。普段は奥手の僕が、連絡先を聞くことを躊躇すらしなかった。君が好きなものを好きになる努力だってした。自分が自分ではないような気もしたけれど、誰かのために真剣になる素晴らしさを知った。3回のデートを重ね、夜の公園で僕から告白をして、二人は晴れて恋人になったのである。

僕は写真家で、いつも君の写真を撮っていた。家でダラダラしている写真もあれば、夜景を背景に決めポーズを決める君の写真もある。ダブルピースなんて、数年以上前に流行ったポーズをずっとしていた君。どうやら小さい頃からずっとダブルピースをしていたらしく、「ひとつよりもふたつの方がなんかいい」が君の口癖だった。

抽象的な言葉が嫌いな僕は、君の抽象的な言葉に解釈を求めてみたことがある。それに対して、「なんかいいはなんかいいなの。それ以上は必要ない」と言っていたのが君らしくて良かった。くだらないことで笑って、くだらないことで怒る。映画を見たときは、いつも涙を流しながら嗚咽を漏らす。誰よりも人間くさいそんな君が好きだった。

君と見たコスモス。君と見た紅葉。綺麗なものを見たときに君の口から出る「なんかいい」。なにがいいのか気になる僕。性格は非対称的で、それでもずっと一緒にいたいと思えた最愛の人。

落ち葉を蹴っ飛ばす君を見ていると、自然に笑みが零れる。それを見て君は、「さっき子どもみたいと思ったでしょ」と少しつんつんしていた。そんな君の姿を愛しく思う。「君の方が先輩だろ」と微笑み返す僕。ごく普通の幸せが永遠に続けばいい。でも、それは全部もう終わってしまった過去の話である。会えなくなった時間の分だけ、思い出は綺麗に美化されていく。「男の恋愛は保存で、女の恋愛は上書き保存」とは上手く言ったものだ。誰かの言葉の通りになっている。

君とのデートでは、いつも僕が君の写真を撮っていた。二人で撮った写真はほとんどなく、君の写真ばかりがデータフォルダを埋め尽くしている。そして、まだ君の写真を消せないでいる僕は、きっと愚か者なんだろう。もう二度と戻ることがないと知りながらも、君への未練を断ち切れないでいるなんてあまりに滑稽だ。

部屋に飾られた君の写真。女性は恋をするたびに綺麗になる。日を増すごとに綺麗になっていく君。これが恋の魔力なのか、それともモデルとしての自覚が可愛くさせたのか。どっちが答えかは知りもしないけれど、君が綺麗になるのであれば、理由はなんだって良かった。

好きな人がただ側にいる。最初はそれだけで良かったはずなのに、付き合いが長くなるに連れて、それ以上を求めてしまう。恋は相手への要求がエスカレートして、それに耐えられなくなった瞬間に終わってしまう。僕の知らない君をもっと知りたい。そして、それは君も同じ感情を抱いていたんだろう。だから、終わった。ただそれだけのこと。

君と過ごしてから2年の月日が経った。君は社会人になって、僕は就職活動をしている。お互いに別の道を歩み、それでもお互いが寄り添い合えば、きっと上手くいく。そんな願いはあっけなく崩れ、仕事に慣れないせいか会う頻度だけでなく、連絡の頻度すらも徐々に減っていった。仕方ないとは思っていたけれど、少し寂しさを感じていたのは事実だ。

綺麗な君が仕事のストレスでどんどんやせ細っていく。そんな君を見かねた僕は、ある日、美味しいものを食べに行こうと提案をした。

「そんなことよりも寝たい」

写真を撮りたい僕と、とにかく睡眠を確保したい君。社会人になったいまなら君の気持ちはわかる。貴重な休みは睡眠に充てたい。けれど、当時の僕にはその気持ちが理解できなかった。一緒にいるのに一緒にいない感覚。毎週のように会いたいとせがみ、君の気持ちなんて省みなかった。

君が大人で僕が子どもだったんだろう。疲れている君に駄駄を捏ねる僕は、どう考えても子どもだった。きっとどんな言葉も気休めにしかならないんだろう。金銭感覚も考え方も好きなものもどんどんズレていく一方で、ある秋の午後に君は僕に本音を漏らした。

「社会人の苦労はまだ君にはわからないよ」

それは紛れもなく事実だ。たとえ反論したとしても、社会人経験がない僕の言葉はすべて嘘になる。だからといって、突き放すことはないだろう。僕はわからないなりに寄り添おうと努力をしたつもりだ。でも、それは君にとっては迷惑でしなかった。会うだけが癒しになるわけではない。ときには一人の時間を作ってあげるのだって、彼氏の立派な務めでもあるのだ。

たしかに社会人の苦労は、大学生の僕にはわからない。君は僕に理解して欲しかったんだろう。でも、社会人経験がない僕には、君の気持ちが理解できなかった。それと同時に、僕も「君ならわかるだろう」と同じように理解を求めた。互いの欲求が少しずつズレていく。歯車が1つ狂うとすべてが狂ってしまう。価値観のズレ。気持ちのズレ。些細なズレがすべてを終わらせた。二人が当たりくじを引いたと思った恋は、二人にとってはハズレくじになった。

君に出会った秋。君に恋に落ちた秋。君と付き合った秋。君とお別れした秋。秋はもういなくなってしまった君のことを、いまでも思い出してしまう。君が大人で、僕は子どもだった。ねえ、社会人になったいまなら君の気持ちがわかると思うんだ。なんてもう会えない君に言っても言葉は、ただ空を割くだけだ。

秋は英語で「Fall」と書く。どうやら「fall of the leaf」を和訳した「落ち葉が落ちる」が由来みたいだ。そうか、僕が君に恋に落ちたのは秋のせいで、2人が別れてしまったのもきっと秋のせいなんだろう。秋に恋に落ちた二人は、呆気なく落ち葉になった。そして、風に吹かれて、離れ離れになって、元の居場所を見失って、この恋は終わりを迎えた。

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