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あの頃、僕らは笑い合っていた

いつの間にか終わっていた恋。ずっと笑い合っていたあの頃がまるで嘘みたいに、出会う前、いや、それ以下の関係に成り下がった。一緒にいるという願いは同じだったのに、少しのすれ違いがこの恋を終わらせた。どちらかが折れればすぐに解決するような問題。それでもお互いに引けない状態になったのはたしかに事実だ。

ずっと結婚願望を抱いていた彼女と結婚願望がまったくなかった僕。ゼクシィを読んで、将来の結婚生活を想像している君を見るたびに、嫌気が差していた。昔からずっと「新婚さんいらっしゃい」みたいな番組が嫌いだった。新婚気分を忘れたらすぐにお互いに感謝の気持ちがなくなる。それならばいっそ結婚なんてせずにずっと感謝の気持ちを忘れないようにすればいい。

なんて言ってみたものの、結婚をしてもしなくても感謝の気持ちを人間はすぐに忘れる。適当な理由をつけて結婚を頑なに拒む僕は、ただ結婚がしたくないだけだ。

なぜ人間は結婚という形に拘るのだろうか。それ以外にも2人が一緒にいる手段なんていくらでもあるのに。結婚という形が欲しかったのか。それとも世間を納得させるための結婚なのか。はたまたずっと一緒にいなければならないという足枷を2人で身につけたかったのかはいまはもう知る術はない。

2人が同棲を始めてからありふれた日常がとても幸せだった。休日にはショッピングモールに行って、彼女の買い物に付き合わされる。でも、好きなものを買って、満足げな彼女を見るのは好きだった。外に出かけない休日の前日は、夜更かしをする。コンビニで「デザートは別腹」とか言って、好きなデザートを2つとお酒を買う。そして、手を繋ぎながら家に帰って、お酒とデザートをつまみに飽きるまで映画を一緒に観た。

休日にモーニングに行く約束をしたときは、あまりにも楽しみすぎて2人ともなかなか寝付けなかった。起きるのはいつも11時過ぎだ。モーニングを諦めて、Uberで朝飯兼昼飯を頼む。Uberは配達員がどこにいるかをアプリで見ることができる。配達員が家に近づくたびに「もう少しだね」と言って、違う方向に進むたびに「そっちじゃない、配達員さん早く気づいて」と答えが返ってくるわけでもないのに、画面に必死に語りかける時間が好きだった。

お昼ご飯を食べ終えたあとに、お腹がいい感じに膨れてきた時点でまた寝てしまう彼女。わかりやすいといえばわかりやすいが、赤ちゃんみたいに素直な君の寝顔を見て眠るあの日常がたまらなく好きだった。

彼女と一緒にいて気づいたことは、ありふれた日常の中にこそドラマがあるってことだ。楽しいことをして一緒に笑って、喧嘩をするたびに、怒ったり、泣いたりする。それは相手がいるから起こるドラマであり、1人きりのままじゃそのようなドラマは決して起きない。

恋愛ドラマは基本的にゴールインまでが結末となっていて、その後の生活については描かれない。ずっと幸せなままかもしれないし、もしかすると何かがきっかけで終わってしまったかもしれない。結ばれた2人がどうなったかは視聴者の感覚に委ねられる。でも、大抵の人が恋愛ドラマのその後については触れようとしない。

人生はハッピーエンドとバッドエンドが、なんども訪れるようになっている。僕たちが結ばれるまでの物語はハッピーエンドで、そこから先の物語は残念ながらバッドエンドを迎えた。この先2人がもう一度結ばれることはなくて、1つの物語のエンドロールにお互いの名前が刻まれた。そして、またそれぞれのハッピーエンドに向かって、それぞれの物語が動き出す。僕たち2人の現状を綺麗に表すとするならばこんなところだろう。

おっと、話を戻そう。

順調に進んでいた同棲生活は、君の結婚願望の強さのせいで終わった。いや、どんな別れも片方だけが悪いということはない。むしろ僕の方が悪かったのかもしれない。結婚願望が強い彼女と結婚願望がない僕では、お互いに価値観が合わなかった。どちらかが歩み寄ればよかったものの、お互いに歩み寄ることはなかった。だから、終わった。ただそれだけの話。

「ねえ、いつになったら結婚するの?」
「俺、結婚には興味なくてさ。結婚がすべてじゃないと思うんだよ。だって、俺が夏菜子を好きな気持ちは結婚してもしなくても変わらない。だから、結婚なんてしなくてもいいと思うんだ」
「優人の気持ちが変わらないのなら結婚しても一緒じゃない?形が変わるだけのことに一体何のこだわりがあるって言うの?」

結婚の話題になるたびに、お互いに譲れなくなる2人。いつも泣き疲れて眠る彼女。彼女の頭をそっと撫でて、「お願いだからいまの2人の幸せを壊さないでくれ」と耳元でそっと囁く。きっとこの意見は通らない。だから彼女が寝ているときにしか本音を話さない。僕はいつも臆病で、それでいてプライドだけは高い。おそらくプライドが高いのはお互い様。でも、彼女よりも僕のプライドの方が高いことは、最早言うまでもない。

どちらの意見も正しくて、正しくない。結婚なんて制度を、なぜ国は作ったんだろうか。結婚という制度がなければ、真実の愛は見つけられないのか。そんなことはないはずだ。現に事実婚のような新しい愛の形は発見されている。それがうまくいくかどうかは知らないし、2人次第なんだけれど、僕たちの場合は、片方の思いだけでは、現状どちらも実現されない。

結婚の件以外は、ずっと仲がいいカップルだった。喧嘩はお互いの話をちゃんと聞いて、改善策を決めるまで終わらない。そして、あとに引くのが嫌だから、終わったことを再び掘り返す真似もしない。そうやってお互いが一緒にいやすいように、2人で歩み寄ってきた。でも、2人の関係は終わってしまった。

別れのきっかけは、価値観のズレなんだろう。彼女が譲れないところを僕も譲れなかった。そして、ずっと一緒にいられるはずの2人がただの1人に戻った。綺麗事だけでは一緒にいることはできない。

彼女と一緒に見た満月をふと思い出す。文学が好きな2人は月を見るたびに、夏目漱石と二葉亭四迷の愛についての話をする・

僕が「月が綺麗ですね」と言って、彼女が「もう死んでもいいわ」と返す。彼女と一緒にいられるならもう死んでもよかった。そう思えるほど、ずっと一緒にいたいと思える存在で、それはきっとお互い様なんだろう。

いまになって思う。今更かよなんて思う人もいるかもしれない。でも、失ってから大切な人の大切さに気づくのは僕たち人間の十八番でしょ。ほらまた自分を庇った。僕は自分のことしか考えられない大馬鹿ものだ。ほんの少し彼女に歩み寄っていれば、僕たちはいまも昔と同じように、馬鹿なことをやって、2人で笑い合っていたはずだ。

あの頃、僕らはたしかに笑い合っていた。

でも、それはもう2度と戻ることができない過去のお話である。

いつの間にか終わっていた恋。ずっと笑い合っていたあの頃がまるで嘘みたいに、出会う前、いや、それ以下の関係に成り下がった。一緒にいるという願いは同じだったのに、少しのすれ違いがこの恋を終わらせた。ただそれだけの話。

下記は女性視点からのアンサー小説です。


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