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線香花火みたいな恋をした

あの恋はまるで線香花火みたいな恋だった。火をつけたときは2人で盛り上がって、思いがけないタイミングで終わっていく。別のたとえをするならずっと甘い夢を見ている感覚。夢を見ているときは幸せで、夢から覚めた途端に絶望がやってくる。あのとき過ごしていた時間は甘い夢だったんだろう。そして、夢から覚めた2人に訪れたのは、「別れ」という3文字だった。

恋人とお別れしてからも恋人のような関係になっていたことがある。外野からすれば恋人に見えたのかもしれない。でも、そこにあったのは惰性で、恋人関係ではなかった。好きだから一緒にいる。それは紛れもなく事実で、どうやって区切りを付けていいのかが2人にはわからなかったことも事実だ。

君との出会いは職場で、ずっと君は僕のことが気になっていたらしい。当時の僕には恋人がいて、君と一緒になることなんて、1度も考えもしなかった。でも、恋人との関係が悪化し、少しずつ君の存在が僕の中で大きくなっていった。そして、僕たちはお付き合いを始めることになった。

仲睦まじい2人。ずっと一緒にいたいと思っていたし、その思いは君も抱いていた。未来の話をして、楽しい約束をたくさん交わした。でも、2人に訪れたのは別れで、この展開は2人が望んだことじゃなかったことも事実だ。何がきっかけでお別れしたのかはあえて割愛する。それは2人だけの秘密で、誰かが知ったところで、その事実を変えてくれるわけでもない。

君とお別れしてからそこにあった空虚を埋められないでいた。空虚を埋めるためにスケジュールを埋める。友達と会っても物足りなさを感じ、君がいなくなった空虚はなにをしても埋まらない。

仕事終わりに突然iPhoneに1通の通知が来た。「うち来る?」という君からのメッセージ。君の誘いを断れば、2人の関係は終わっていたはずなのに、微かにあった愛に縋りたかった僕は、その誘いを断れずにいた。用意をして、電車に乗って、君の家へと足を運ぶ。

君に借りた合鍵で、マンションのエントランスをくぐり抜ける。そして、部屋の鍵を合鍵で開けると、君がそこにいた。手洗いうがいをして、君を抱きしめる。そして、お風呂上がりの君とご飯を食べて、一緒に映画を見る。

どの映画を見るか君と一緒に悩むあの時間はたしかに幸せだったし、そこにはちゃんと愛はあったんだろう。1本の映画を君と一緒に観る。2人しかいない空間。お酒を飲みながら観る日もあれば、ジュースを飲みながら観る日もあった。

付き合っていた頃から君には、映画の途中で寝てしまう癖があった。君とはいつも映画の感想を共有し合えない。少しだけ寂しさもあったけれど、「あのあとどうなったの?」と、映画の結末を必死に聞きたがる君はとにかく可愛かった。

映画が始まって中盤に差し掛かった時点で、いつものお決まりみたいに、君は僕の膝の上で寝ていた。すやすやと眠る寝顔を見て、愛しさが込み上げてくる。そして、君の頬にそっとキスをして、画面へと視線を戻す。

まもなく映画は、結末を迎えようとしている、主人公の2人のラブロマンスがようやく結ばれる。俗に言うハッピーエンドってやつだ。僕たち2人もこの映画のようにうまくいけばいい。叶いもしない願いを君に聞こえないように口にしながら、映画のエンドロールが流れるテレビを消した。

僕の膝で眠る彼女を起こして、一緒にベッドへと潜り込む。次の日に寝坊したらダメだからと目覚ましをセットして、部屋の照明を消す。そして、いつものように体を重ねる。体を重ねるたびに、自分が自分ではなくなる感覚に陥る。体を重ねること自体にあまり興味はないけれど、君と一緒になるあの瞬間はとても幸せだった。ともに快楽に溺れ、この恋はもう報われなくてもいいとさえ思ってしまった。

朝になって、君のベッドの中で目が覚める。付き合っていたときと同じように、僕の腕の中ですやすや眠る君。なかなか起きない君を無理矢理起こす。玄関で「いってらっしゃい」のキスをして、ベランダから君が駅に着くまで見送る。君がいなくなった部屋。もぬけの殻ではなく、かすかに残る愛と君の元恋人である僕。少しだけ部屋の片付けをして、渡された合鍵で、家の鍵を閉めて部屋を後にする。

付き合っていた当時は、毎日のように顔を合わせていた2人。いつの日か1ヶ月に1回しか顔を合わせなくなった。LINEのやりとりも減っていった。でも、君と会うたびに愛の言葉をお互いに伝え合い、体を重ねて、同じベッドで抱き合いながら眠りにつく。

2人の共有認識として、「このままではダメだ」と頭の片隅にはあった。でも、お互いの愛情がまだ残っていることを言い訳にして、2人にとってダメな関係を惰性で続けていた。そして、会うたびに少しずつ減っていく愛と増えていく疑問。惰性で会う関係は日々を重ねるに連れて、「もう戻ることはないのだろう」が確信に変わっていった。

会う頻度は月日が経つに連れて、少しずつ減っていった。なくなったのは愛か。それとも惰性か。もしかしたらこのままじゃダメだと思ったのかもしれない。でも、気持ちがなくなっていたのは僕の方で、僕に縋りたかったのがおそらく僕を振った君なんだろう。終わってしまった恋の中にも、たしかに愛はあった。その事実は認める。でも、愛を掴もうとしなかったのが2人で、愛をなかったことにしてしまったのもまた2人だ。

あの恋はまるで線香花火みたいな恋だった。火をつけたときは2人で盛り上がって、思いがけないタイミングで終わっていく。終わりがずっと来なければいいと願う甘い夢を見ていた。夢の中にいればずっと幸せで、目を覚ました途端に絶望がやってくる。

また君と会っても同じことを繰り返してしまうんだろう。そして、ダメな2人にお似合いな最悪の結末を迎えるのがオチだ。報われることのない思いには碌なことなんてない。でも2人の心にはいつまでも2人でいた事実が刻み込まれるんだろう。ありがとう。かつて愛した人。そして、さようなら。もう2度と交わることのない2人。

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