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創作【掌編・ショートショート】

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こちらのマガジンには4000字以内のショートショート・掌編小説を収録しています。
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2020年8月の記事一覧

先生が教えてくれたこと【ショートショート(約1500字)】

先生が教えてくれたこと【ショートショート(約1500字)】

 あっ、今日はちゃんと学校に来れたのですね。安心しました。

 さて……、

 先日までこのクラスの担任をしていた佐藤先生が学校を去ったのは、みなさんもすでに知っているとは思いますが、代わりに今日から私がこのクラスの担任をすることになりました。あんな理由で、小学校の教師が担任を辞めるなんて、許されるような話ではありませんが、しかし人は過去へと戻ったりはできませんし、その事実が消えることはありません

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星が欲しいとの願い【ショートショート(約2000字)】

 小説やエッセイなどが投稿できる新興のウェブサイト〈のうと〉に、私は定期的に自作の小説を載せているのだが、その人気のなさに悩んでいた。

 星が付かない、と……。

 星は〈のうと〉において、唯一目に見える数字的な評価であり、読んだ証拠のリアクションマークとして、そこをクリックすると星が色付く。右も左も分からない頃は何も気にならなかったのだが、周りが見えてくるようになると何か文章を投稿するたび、そ

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私の証明【ショートショート(約1200字)】

私の証明【ショートショート(約1200字)】

 病室のベッドに儚い笑顔を残す少女が、いる。

 私の妹だ。

 あぁこんな状況になっても妹は、ほほ笑みを絶やさないのか。「無理しないでね」と両親や姉である私を気遣う妹は本当に優しい性格だ、と心から思う。私はよく妹と比べられて、性格の悪さを指摘された。「お前は冷たい」「いつも馬鹿にしてる」「嫌な奴だ」と馬鹿にされたり罵られたりした。私へと向ける言葉がもっとも激しかったのは、母親だった。「本当にお願

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探偵になれない者の末路【ショートショート(約1500字)】

探偵になれない者の末路【ショートショート(約1500字)】

 まるで探偵のようだ。と言っても例えばシャーロック・ホームズや金田一耕助みたいに難事件を論理的に解き明かすフィクション上の名探偵ではなく、現代日本に存在する現実的な探偵だ。まぁ簡単に言えば、浮気の調査であり、尾行である。俺だって古今東西の名探偵のように振る舞えるものならば振る舞ってみたいものだが、残念ながらそんな機会は訪れないだろう。

 そもそも俺は、現代に存在する現実的な探偵でさえない。今の行

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未来、嘘、あるいはお金の話【ショートショート(約2000字)】

未来、嘘、あるいはお金の話【ショートショート(約2000字)】

 これは今よりもずっと未来のお話……。

 今日私がお話したいのは、私たちがSFでしか見たことのないものの多くが実現可能になっているらしい、そんな未来のお金の話です。

 その世界ではキャッシュレスの普及に伴って、もう現金通貨――いわゆる、お札や硬貨のことですね――が存在していないんだそうです。もちろん世の中から消え去ったわけではなくて、お金としての効力を失った、という意味です。まぁでも今の私たち

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逃げられない【ショートショート(約1100字)】

逃げられない【ショートショート(約1100字)】

 彼は、その日もひとり虚構の世界に浸っていた。半生を振り返った時、のんびりと近くに誰もいない場所で小説を読んでいる今の自分のほうが偽りの姿に思えてしまう。特に子どもの頃の彼は、自宅にこもることなどめったになく、つねに外に出て活発に行動するような少年時代を送っていたので、閉じこもって空想の世界に逃避するような同級生が周囲にいれば、それを小馬鹿にしていたくらいだった。しかし年月を経て、生活に劇的な変化

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君のカレーをたべたい【ショートショート(約1800字)】

君のカレーをたべたい【ショートショート(約1800字)】

 絶世の美女を自称するつもりはないが、外見よりも年齢が若く見られやすいこともあってか、私は男性から好意……はっきりと言えば恋愛感情を持たれやすい。別にこれは自慢でもなんでもなく純粋な事実として、言い寄られる相手は二十歳前後の若い子が多い。それは間違いなく私の働いている職場にも原因があって、彼らからのそういう感情を受け取るたびに、やめとけばいいのに……、と内心ため息を吐く反面、嬉しい気持ちがないか、

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一番大切な才能は?【ショートショート(約1300字)】

一番大切な才能は?【ショートショート(約1300字)】

 かなり昔の話なんだけど、俺、小説の神様に会ったことがあるんだ。

 小説に興味があったわけじゃないし、物語なんて一度も書いたことがない俺の眼の前にそいつは急に現れて、

 こんなことを言ったんだ。

「お前が小説家になるための才能を三つ与えよう」って。そいつは、小説のしの字も知らないような俺に、選択肢を並べて、「さぁ、選べ」と続けたんだ。そこには小説家を志望するような者なら喉から手が出る欲しいだ

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彼女の声だけが届く【イヤホン/コーヒー/入道雲】

 失礼します、
 と店員さんが履歴書と睨めっこしている俺の座るテーブルの横に来たので、差し出されたコーヒーに会釈するように顔も見ずにおざなりな謝意を伝えると、小さな靴音が俺の耳から離れていく。聞き馴染みのあるその音にふと目を向けると、後ろ姿だけが見え、その背は「STAFF ONLY」と書かれたプレートの先に消えていく。

 疲れてるのかな、と右のほおを指で抓む。昔からの癖だった。余白だらけの履歴書

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