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東京物語。〜東京を楽しみ尽くす旅〜


緊急事態宣言が明け、東京の街には少しずつ人が増え始めた。
しかしまだナイトクラブなどの3密が生じるお店は閉まっており、
レストランやバーなどの飲食店も営業時間短縮や人数制限で、
完全に以前のように戻ったわけではない。
でも僕はそんな東京の街でも少しずつ活気が戻ってきたことを実感し、
嬉しく思っている。

先日、友人からある面白い雑誌があると紹介された。
その雑誌は、「ポパイ2020年5月号」
東京物語というテーマのその中身はとても魅力的な内容だった。
東京の飲食店を中心にあらゆるジャンルのお店を紹介している。
僕がその雑誌を見たとき、まだ掲載されているほとんどのお店が営業自粛期間だったこともありお店に足を運ぶことができなかった。
「営業が再開したらこの雑誌を片手に東京を巡り、俺たちの東京物語を始めよう」
紹介してくれた友人とそう決めた。


そして6月13日。
営業再開の合図と同時に、東京物語をスタートさせた。

食べることが多くなるだろうということで、移動は基本的に徒歩にすることにした。だから持ち物は軽くする。
スマホとマネークリップと少しのコインをポケットに入れ、a7iiiを首からぶら下げる。
これが僕の東京物語の基本スタイルだ。
食べて、歩いて、知って、そして撮る。何十万とあるエンターテイメントと触れ合う旅が自分をどこに導いてくれるのだろうか、そこにはどんな世界が待っているのだろうか、そんなことを考えながら歩き始めた。


まずは細かくテーマを絞り、場所を絞った。
今回のテーマは、エスプレッソの旅。
僕は今年の3月までオーストラリアのカフェ文化の中心地、メルボルンに
住んでいたこともあって、生活の中にエスプレッソがないことが
考えられないようになっていた。でも日本に帰国し、いざエスプレッソを飲みにカフェへ行くと、なかなかエスプレッソが見つからないことに気がついた。
どのカフェに行ってもあるのはドリップコーヒーである。
ドリップコーヒーが嫌いなわけではないが、僕はあのエスプレッソの鼻まで黒くしそうな苦味が好きで、そのエスプレッソにほどよく温められたミルクが混ざるラテが大好きなのだ。
だからそんな僕がまず知っておきたかったことがエスプレッソのお店だった。
今回はそんな僕が行ったエスプレッソが飲めるお店を少しばかりご紹介させて頂こうと思う。

その前に、この東京物語を始めるきっかけを作ってくれた、僕の友人の藪内駿についても触れておきたい。

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藪内駿と僕の関係性は、中学校の同級生だ。
僕たちは東京から500km西にある京都で出会い、僕が東京で生活を始めたとき、たまたま彼も東京で新生活をスタートさせた。
僕はその後いくつかの場所へ生活拠点を移していったが、彼はその頃から東京で生活をしている。だから彼は東京に約7年ほど住んでいることになり、
そんな彼はやはり僕よりも圧倒的に東京を知っている。
「新しい経験すること、人に会うことには時間とお金を惜しまない。」
と話す彼との旅は、僕のライフスタイルでは出会うことができなかったような人との出会い、そして経験を与えてくれ、人生を楽しむという誰もが分かっているようで分かっていないシンプルな生き方を教えてくれる。
そんな彼と始めた俺たちの東京物語は、この街にある邪念や雑念のようなものを一気に洗い流すシャワーのような大雨の中スタートしたが、
そんな雨をも楽しむことができ、またこの雨が何かを意味しているともさえ感じる旅になった。



ア・レガ [ピッツァ&ジェラート]
東京都港区白金台3丁目18−5 Nkビル 1F

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向かった先は気軽にイタリアンのピザやジェラートが食べられる
ア・レガ [ピッツァ&ジェラート]だ。
目黒駅と白金台駅の間にあるこのお店は、両駅どちらからでも徒歩5分ほどの場所にある。
ここに来る前に軽く朝食を済ませていたこともあり、お腹はあまり空いていなかったが、僕はフォッカチャとラテを注文した。
フォッカチャは平たいパンみたいなもので、そのまま食べるよりかは、オリーブオイルなどをつけて食べるのが僕なりのおすすめの食べ方である。
ここのラテは、アメリカやオーストラリアのお店でよく出されるラテとは少し違った、ミルクの泡がのっているものではなく、エスプレッソとミルクがすでにかき混ぜられた状態で出されるラテだった。
エスプレッソはイタリアが発祥で、その文化がアメリカのシアトルに伝わり、そして日本に伝わってきている。
その為、アメリカや日本のカフェで作られるラテやカプチーノは、
エスプレッソを抽出した後、ミルクを入れ、ふんわりとしたミルクの泡が
のった状態で出されることが一般的であるが、元々のイタリアのラテという飲み物は、今回のラテのようなかき混ぜたものなのである。
僕はかき混ぜられたラテを飲みながら、頭の中でそんなエスプレッソの歴史を振り返ることになり、また、その歴史を教えてくれたメルボルンの街も懐かしく思った。

写真にうつっている男性はどうやらイタリア人らしく、ピザとエスプレッソを注文し、5分ほどで食べ、お店を出ていく際に、「チャオ!」と店員に一言声をかけて街へ消えていった。
お店に椅子がないことから、イタリア文化では出勤前に朝ごはんを軽く食べに寄るお店なのかもしれない。

お店の名前がア・レガ [ピッツァ&ジェラート]という名前のとおり、
このお店ではジェラートを食べることもできる。
暑い夏では駅から徒歩5分とはいえ、5分も歩けばどこかで涼みたくなるだろう。そんなときはここのジェラートを食べることをおすすめする。
特にピスタチオがおすすめだ。


エノテカバール プリモディーネ
東京都目黒区東が丘2丁目11−20

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目黒駅からバスに乗り、環七通りで下車し、次に向かった店は駒沢大学駅
から徒歩1分という好立地に位置するお店だ。
駅前にも関わらず店内はとても落ち着いており、またマスターも
店内と同じように落ち着いていて、どこか心地よさを感じさせられる方だった。
いや、マスターの雰囲気が店の隅々まで浸透していると言ったほうが正しいのかもしれない。
エノテカバールという名前のとおり、イタリアの「バール」を日本で再現したお店である。
バールとは、イタリアでの喫茶店のようなもの。
喫茶店といっても、日本での喫茶店のようにドリップコーヒーを出すのではなく、エスプレッソマシンでコーヒーを提供するお店だ。
またバールでは、カウンターでの立ち飲みスタイルという特徴もあり、
そこでは単にコーヒーを飲むだけではなく、バリスタや、時にはお客同士での会話が生まれることも珍しくない。
そんなエノテカバールのエスプレッソは酸味が少なく、苦味と深みを感じ、しっかりとコーヒーの味を楽しむことができる。
今回は注文しなかったが、このエスプレッソから作られるカプチーノもまたしっかりとコーヒーの味を感じる美味しいものであることは間違いない。

また最近では珍しく店内での喫煙が可能である。


ピコン・バー
東京都世田谷区豪徳寺1丁目45−2


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次に向かった先は、小田急線の豪徳寺駅にあるお店、ピコンバーだ。
駒沢大学駅から豪徳寺駅まで電車で移動するならば、三軒茶屋まで行き、
そこから世田谷線に乗って、山下駅まで行く必要がある。
外は大雨だったが、カフェインが効いてきた僕たちは電車に乗る気には
なれず、駒沢大学駅からここまで徒歩で移動した。

この日の気温は、25度。
雨に濡れると少し肌寒く感じる気温ではあったが、3kmの道のりを40分かけて歩き、その間お互いの感じたことを熱く話し合っていた僕たちの体を冷やすには少々寒さが足りなかった。
半ば汗ばんだ状態で到着し、店内が少し涼しければいいなとも思いながら中に入ると、そこはなんとも言えない温かい空間が広がっていた。
店内は涼しく、歩いて温まった体はだんだんと冷やされていったが、
それとは逆に雨に打たれ続けて少し冷えていた心は、この空間に存在する目には見えない何かを感じ取り、どんどんと温かくなっていった。

店内ではゆったりとしたジャズが流れ、壁に飾られている写真はどれも素敵なものばかりだ。
フランス料理を中心に提供するこのお店は、昼間はコーヒーとケーキを楽しめるカフェ、夜はお酒とピザなどの料理を楽しむことができるレストランになる。
ちなみにピザはよくイタリアンだと耳にするが、ピザの発祥はフランスである。 

ここでは、エスプレッソとチーズケーキを注文した。
このお店のエスプレッソはエノテカバールのとは違い、酸味が強いエスプレッソだった。
チーズケーキもタルトとケーキの味が絶妙に混ざり合い、とても優しく美味しいチーズケーキだ。

写真にもあるように店内には犬を連れている方もおられ、カウンターでは
常連さんがマスターと楽しく話す姿があり、その光景は人間の温かさそのものであった。
このお店に入ったときに感じたなんとも言えない温かさは、マスターを中心にこの方達が時間を重ねて作り上げた一つのエンターテインメントなのかもしれないと、右側に感じる冷たい雨と左側に感じる愛と呼ぶべきような人間の温かさのコントラストの中心に座る僕は思った。



3杯のエスプレッソを飲んだ僕達は、もうこれ以上飲めないとエスプレッソを巡る旅を終えた。
一つ一つのお店にその店なりの雰囲気があり、またそこにいる人間達も様々だ。その多様性というものが僕の心を震わせ、その震えた心から、
まるで打ち出の小槌のように新しい何かが生まれる。
それは感動でありアイデアであり、今この瞬間に形にならないものだとしても、明日や何年か後に突然何かと結びつき、大きなものとなって形になるかもしれない。いや、たとえそれがこの瞬間だけのものだったとしても、
それは確実に自分がこの人生で得た経験であって、それ自体に何にも変えることのできない素晴らしい価値があると僕は思う。

人生を楽しむというのは、今の辛く孤独な現状を楽しもうとすることや、
幸せそうで楽しそうな人生を歩んでいる人を見て羨み、いつか自分もあんなふうになりたいと妄想を膨らますことでもない。
今の自分には何ができるのか、自分は何が好きなのか、今自分は何をしたいと思っているのか考え、実際にやってみることだ。
その先には多種多様な人やエンターテイメントが存在し、それを見て感じた自分の心は絶対に黙っていない。
そんな心の叫びと熱い会話を重ね、そこで得た糧を胸にまた明日からの人生を歩む。その歩みの一歩一歩には希望があり、またそれを可能性と呼ぶのかもしれない。

東京という大都会を楽しみ尽くすことが俺達の東京物語だ。
歩み始めたこの1歩が2歩3歩と歩んでいける、そんな当たり前のようで当たり前ではないことができる毎日に感謝し、そこで見て感じた経験を、
このnoteで伝えていけたらと思う。

小林凌磨




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