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ハリウッドへ挑戦をしたその日から。


今から約4年ほど前、僕はロサンゼルスのレドンドビーチから夕日を眺めていた。

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その日、僕は人生で初めて、日本以外の場所で一人になった。
隣には誰もいない。当然、頼れる人も近くにいない。何か問題が起こったとしても、ここは言語も文化も違う外国であり、その問題を自分一人で対処できるかもどうかも分からない。そんな状況に今自分がいるということを、この場所で感じていた。
僕はなぜか涙が出てきた。
「太陽を見ながら一人で泣くなんて」と、自分で自分の様子にびっくりしていたが、そんなことを思いながらも僕は泣いていた。
なぜ泣いたのか。それは、嬉しかったからである。
一人で立って歩くことも出来ない赤ちゃんから始まり、親が働いて稼いできてくれたお金でご飯を食べ、何かを学び、そんな親から離れる決断をし、
一人で暮らし始め、何も知らなくて何も出来ない自分に絶望し、
それでもなんとか一人で生きようと必死になって働き、学び、
そんな日々を送ってきた自分が、生まれ育った故郷から遠く離れた異国の地に一人で立っている。そんな自分を祝福してくれてるかのような美しい太陽を眺めていると、今までの自分の人生を自分で褒めてあげたくなると同時に、僕を支えてくれた全ての人に感謝の気持ちが溢れてきた。

僕はこのときから、夕日が大好きになった。
スマホのデータフォルダを見返すとなぜか夕日の写真ばかりなのだが
(それと実家の犬の写真)、そんなに沢山の夕日の写真を撮り始めたのはこの頃からだろう。

僕がこのときにロサンゼルスに来た目的は一つだった。
それはある人物に会うこと。
その人物はハリウッド俳優であり、作家であり、僕の東京生活を一変してくれた人物でもあった。

東京で一人暮らしを始めて一年が経とうとしていた頃、僕はある一冊の本に出会った。その本は、「ある日本人俳優がハリウッドという夢の舞台に挑戦し続け、ハリウッドで活躍するという夢を叶える」という自伝で、
俳優になろうと決意し東京に出てきたのはいいものの、どうやって俳優になれるのかを知らなかった僕にとって、何かしらの答えがこの本にはあると思った。
そしてこの本に載っていた、ある人間を探し、見つけ、僕はその一年後に、
映画の役を手に入れ、俳優になるという夢を一つ叶えた。

夢を叶えるきっかけとなったのは、間違いなくその本だ。
本に出会っていなければ、僕はそのままずっと夢を追いかけながらアルバイトを続ける俳優の卵のままだっただろう。
そんな夢を叶えるきっかけを作ってくれた人物に、僕は明日会う。
この太陽が明日また昇ってきたときには、僕はその人と会って話しをしているのだ。明日には、とてつもなく大きな可能性を見ることができるかもしないと、想像するだけでワクワクしていた。

今日、自分の人生を少し振り返ってみると、人生にはいくつかの
ターニングポイントがあったことに気づく。
その日にあれがあったからこうなった。とか、あの人に出会ったからこうなった。とか、あのとき怖かったけどやってみた結果こうなった。みたいなことだ。
このロサンゼルスでの1日は間違いなく僕の人生のターニングポイントであり、よく考えてみると、この日から僕の人生は大きく変わり始めた。
変わり始めたというのは、それまで自分が思い描いていた未来とは全く違う未来に進もうと決めた日が、この日だったということだ。

ロサンゼルス、バーバンクにある、ワーナーブラザーススタジオの目の前という、映画好きにはたまらない場所にある、外観も普通の、中も普通のアメリカによくあるダイナーのような印象のこのお店は、
名優 ロバートデニーロとアルパチーノ主演の映画「ヒート」のシーンで
使われたレストランである。
「ここに13時に来てください」と連絡があり、
僕は、宿泊していたホテルがあるガーデナからレンタカーを運転し、
そこへ向かった。

とても明るく、そしてとても腰が低く、でもその態度にはどこか、
「自分はハリウッドで活躍する俳優なのだ」という、
自信がみなぎっていた。
僕は、自分がなぜここにやってきて、なぜあなたと会いたかったのか。
今後自分は何をしていきたいのか。そのようなことを挨拶に続けて話した。まぁその内容というのは、何も分かっていない若者が、ただの夢を話しただけだったと今は思うが、本気で話す僕に、少しでも何かしてあげようと思って頂けたことが、今その瞬間を思い出すと分かる。

アメリカで映画のオーディションを受けるためには、アメリカで合法的に働くことができるビザが必要である。僕はそのとき、アメリカで合法的に働くことができるビザを持っていなかった。
もし今この瞬間に何かしらのチャンスがあったとしたら、僕は帰りの飛行機をキャンセルして、このままロサンゼルスに居続けてもいいとまで思っていたが、ビザがないと何も始まらないことをこのとき知り、そのプランは
僕のなかでなくなった。
ビザの入手方法は、いくつかあるのだが、どれもそんなに簡単に手に入れることができるものではない。僕の目の前にいる、このハリウッド俳優も、
アメリカで合法的に働けるようになるために、10年以上かかったそうだ。

「だからこれから何年もかけてここに来る為に努力し続けるしかない。
最悪の場合10年以上かかってしまうこともあるから、人生をかけてこの夢に挑戦する覚悟を持てるかどうかだよ。」

その過酷な道を通ってきた人間が言う言葉というのは、なぜだか心に響く。僕はこのとてつもなく厳しい現実を聞き、これからの自分の人生について、
あれこれ考えてしまった。
でも今考えると、この言葉はとても優しい言葉だった。
何も知らない若者は、その無知さゆえに、夢に最大限の希望を見出し、
その夢に向かって全力で突っ走ることが出来る。
その途中で現実を知り、その現実から何かを学び、考え方や価値観を変えていくのだが、僕はこの現実的な言葉のおかげで、自分は今どのような状況にいて、これから向かおうとしている道はどんな道なのかを冷静に見ることができた。夢に向かって挑戦しようとする人間に、「頑張ってね。応援してるよ!」と言うことは簡単だが、そんな希望に満ち溢れた人間に、厳しい現実を突きつけることはとても勇気がいることだ。
でも僕は、それを本当の優しさだと捉えているし、僕自身がもう少し歳を重ね、もし僕が通ってきた厳しい現実と同じ道を歩もうとしている若者に
出会う瞬間があったとしたら、僕は同じことをするだろう。

アメリカでオーディションを受けられない僕が、何も持たないまま帰国しないように、一つアドバイスを頂いた。
それは、「今ハリウッド映画というのは、ここロサンゼルスの他に、カナダのバンクーバーという街でも頻繁に撮影されている。僕もたまに仕事であっちに行くことがあって、そのときに向こうで頑張ってる日本人俳優に出会うんだけど、向こうでも結構オーディションがあるらしい。カナダだったらすぐに合法的に働くことが出来る方法が一つある。
それは、ワーキングホリデーだ。1年間という短く限定されたビザだけど、
本気で動けば、1年で何か得られるかもしれないよ。」

その言葉は、山で遭難してしまった僕を助けに来てくれたヘリコプターのようだった。そして僕はそのヘリコプターに乗ることにした。
僕は一人スタバに残り、スマホでワーキングホリデーについて調べ、
帰国後すぐにビザの申請をすることにした。

帰国したのは5月。
英語があまり話せない僕は、どうしても英語を勉強する必要があった為、
語学学校に行くことに決めた。
その料金が高額だったことで、渡航費を稼ぐ為に少し時間がかかってしまい、結局バンクーバーに降り立ったのは、翌年の1月だった。
バンクーバーに到着したことを、ロサンゼルスで会った日本人俳優に連絡
すると、ある二人の人物を紹介してくれた。
僕のバンクーバー生活は、今後良くも悪くも、この二人と過ごすことになる。その時間は、今まで経験したことのないことばかりの連続で、僕の人生において、最も人生について考えさせられる時間となった。
バンクーバーで僕が経験したことは、この記事では話さないことにするが、
これまで話した経験から得た学びはたくさんある。

今僕たちが生きている時代は、急速に全ての物事が発展し、進化し続けている。そんな時代に求められるものは、「速さ」だ。

出来るだけ早く連絡を返さなければいけない。
出来るだけ早く仕事を終わらせなければいけない。
誰よりも早く出世したい。
誰よりも早く成功したい。

こんな価値観が今の社会にはあり、この影響で僕たちはどのような思考に
なっているのか。
それは、
「効率さ」「失敗したくない」この二つだ。
出来るだけ早く何かをする為、そして何かを成し遂げる為には、
失敗することや、無駄なことを避けなければならない。
でも果たしてそれが正解なのだろうか。その人生は面白いのだろうか。
誰だって早く成功したいし、何かを成し遂げたい。
だが、その「早く」に囚われ過ぎてしまって、結局何も行動できないままの人間をたくさん見てきたし、僕だってそのうちの一人だった。
でもちょっとだけ怖いことに挑戦し、もしかしたら無駄になるかもしれないと思うことを、「まぁどうなってもいいや」という気持ちでやってみたとき、その無駄なことが、自分の人生を変えることに気づく。 

ロサンゼルスに行くと決める前、一人で海外なんて怖いし、
航空券も決して安くない。たった一人の人間に何時間か会う為だけに、
飛行機で10時間もかけて行くべきなのだろうかと悩んだ。
でも何も行動しなければ、何も起こらないのだ。
行動すれば何か得るものが必ずある。たとえそれが無駄だったとしても、
なくなるのは、お金と時間だけだ。
いや、お金がなることは、その一瞬だけ自分の口座から残高が
減っているという物理的なことだけであり、そのお金を使ったおかげで、
今まで経験したことのない、新しい経験をすることができたという事実が
あるのであれば、それは自分にとって無駄なことではないし、新しいことを経験をした時間は、どう考えても無駄にはなっていないだろう。
だから、行動することが一番大事なことなのだ。
どんな行動をしたとしても、そこに無駄なことなんて一つもないし、
もし大きく失敗してしまったら、将来笑い話に変えてしまえばいい。
自分と同じことをやろうとしている人間に出会ったら、
アドバイスしてあげればいい。
その道を通ってきた人間の言葉は、とても心に響くのだ。
今の時代であれば、その失敗をコンテンツにもできるし、今こうやって
過去の経験をこのnoteに書いている僕は、過去の経験をコンテンツにしているのだから。
「早さ」ばかりに囚われるのではなく、自分の行動が、失敗や無駄になったとしても、「まぁどうにかなる」という気持ちを持って行動するべきだと思うし、そもそも失敗や無駄は、その経験をどう捉えるかという自分自身の問題であって、その経験を失敗や無駄だと自分で思わなければ、その経験は、失敗や無駄ではない。

僕の人生を大きく変えてくれた、人生のターニングポイントは、
無駄になるかもしれないと思う、ちょっとだけ怖いことに挑戦したときだった。「人生を変える」というのは、今の自分の人生に何か不満があり、
そんな自分の人生を変えたいと思う人だけに必要な言葉ではない。
今の自分の人生に満足している人にとっても、「人生を変える」というのは必要なことなのだ。なぜかと言うと、この世は諸行無常であり、変化しないものなんて存在しないからだ。常に変化し続けるこの世で生きていく為には、自分自身が変化し続けなければならないのだ。
もしそれを進化と呼ぶのであれば、行動しないことは退化することであり、
退化するということは、進化し続ける人間に置いていかれることであり、
その結果、進化した人間が作り上げた、発展した世界では何もできない人間になってしまうのだ。

僕は人間としてこの世に生を享けたからには、進化し続けたいと思っている。それをなぜかと聞かれると、本能的にそう思うとしか言えないのだが、
進化し続ける自分の可能性を限界まで追いかけ、その限界まで進化した自分が見る景色を見てみたいと思っているのだと、今は思う。
だからこそ、これからも行動し続けていきたいし、その行動が自分の人生を大きく変化させ続け、変化する社会に順応するために進化する自分が、
また誰かを進化させる。それは、自分以外の誰かの人生に影響を与えることであり、それこそが、僕の歩みたいと思う人生なのだ。

この世に変化し続けないものなんてない。安定や安心なんてものは、
梅雨の時期の快晴のようなもので、その一瞬だけの静けさでしかないのだ。
だから行動し続け、変化し続け、変化し続ける社会に順応し、生きていかなければならず、それをやらないという決断をした人間がもしいたとしたら、
その人間は、自分の人生を諦めた人間だと、僕は思う。

Ryoma Kobayashi

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