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古墳の地図サービスいろいろ

古墳が多すぎる。

背景

特定の時代の前方後円墳を地図上にプロットすると、その時代の勢力分布みたいなのがわかって面白いのではないかと思ったのですが、古墳の電子的なデータベースというのが見当たらず、結構苦戦しています。プロの考古学者の方とかいったいどうやって地図を作ってらっしゃるのか、調べてみたいところです。とりあえず素人でもできる代替案としてネット上の古墳の地図サービスを使ってみることを考えました。

というわけでこれに関連して調べたことをここでまとめておきます。

古墳の築造時期の区分

ここではいったん、古墳 == 古墳時代に作られた墳丘墓とします。では古墳時代とは何かというと、これは考古学で定義された言葉で、全国に急激に前方後円墳が普及する3世紀半ばから古墳築造が衰退する7世紀末ごろまで (地域にもよるが) の400年あまりといわれます[白石1999]。その前の弥生時代までは地域により墓制は様々でした。もちろん古墳時代においても前方後円墳以外の形式の古墳も作られています。

この長い古墳時代をもう1段階細かくする方法がいくつかあります。

  • 三分法 (というか知らないが、便宜上ここではそう呼ぶ)

    • 古墳時代を前期、中期、後期に分ける (定義はWikipediaなど参照)。

    • ただし前期の最初期を「出現期」、後期の最後で前方後円墳が作られなくなる時期を「終末期」と呼ぶ場合がある。

    • 論文や専門書などでは前期、中期、後期をそれぞれさらに前葉、中葉、後葉に分ける人もいる。つまり9段階に区分する。

  • 10期編年 (通称、集成編年) [広瀬1991]

    • 前方後円墳の築造時期を畿内の古墳の特徴をもとに1期 - 10期の10段階に分ける。

    • 近藤義郎 (編)「前方後円墳集成」(全6編、東北・関東編、中部編、近畿編、中国・四国編、九州編、補遺編) 山川出版社, (1991-2000) というシリーズ本で使われている区分法。

このほか、地域ごとの特性を考慮した編年法が使われることもあります。これらの時代区分の方法は、期間を実年代で均等に区切っているわけではなく、同じ時期に作られた古墳などの考古学的な遺物に共通の特徴 (デザインの流行とか特定の製造技術とか分布の偏りとか) の変遷をもとに時間的な順序関係を付けることで区分に利用しているもので、定性的な時代区分を表します。具体的な定義を集成編年[広瀬1991]をベースに以下の表に示します。

前方後円墳の10期編年 (集成編年) [広瀬1991]。実年代との対応 (右3列) については本文参照。

ここで、集成編年[広瀬1991]の元の定義には、副葬品についても詳しく記述されていましたが長すぎたので省略しました。標式的古墳についても多数掲載されていましたが1個に絞りました。円筒埴輪の列にある「都月式」は特殊器台型埴輪や特殊壺形埴輪のことで、円筒埴輪の原型のようなものと考えられます。

それで、我々一般人からすると集成編年や三分法の分かりにくいのは「前期とか6期とか、西暦何年よ?」というところだと思いまして、あちこち探したんですがまとまった情報がありません。どうも研究者によってばらつきがあるらしいので、上記の表に複数の文献の案を書いてみました。印象としては、最近になるほど新発見や年代測定技術の向上などで古墳時代の始まりが早くなる傾向があるようです。

  • [川西1978]

    • 円筒埴輪の編年法を考案した[川西1978][川西1988]による実年代との対応。円筒埴輪I-V期に対応している。

  • [白石1999]と比較

    • [白石1999]の図17「近畿中央部における大型古墳の消長」の年表にある古墳の実年代を筆者が目で読み取り、その集成編年を後述する「前方後円墳データベース (出田, 奈良女子大学)」から求めて対応させたもの。

  • [上野2018]

    • [上野2018]の論文中の図に記載の西暦年と集成編年、前期/中期/後期の対応を筆者が目で読み取ったもの。

私が目で読み取った部分は±10年ぐらいはずれているかもしれませんので、おおよその目安です。表中の「C」は世紀です。

集成編年の期や時代区分の決定にいろんな指標が使われていることがお分かりいただけると思いますが、それらの中でも一番重要なのは円筒埴輪の形式(I-V)です。これは円筒埴輪が広い時代範囲の古墳で見つかり、しかも古墳の外表においてあることが多いので古墳本体を掘る必要が無いからです。円筒埴輪についてはこの辺のサイトが参考になります。

古墳の地図サービス紹介

というわけで、ネット上の古墳の地図サービスについていくつか使ってみました。主に古墳の築造時期の情報が含まれるか、絞り込み検索などができるかに着目しています。サービスごとに特色ある機能があるとは思いますがそちらはあまり使っていません。

前方後円墳データベース(出田 et al., 奈良女子大学)

前方後円墳データベース(出田 et al. 奈良女子大学) メイン画面。ズームインして主題地図機能が表示された状態。
  • 表示方式: Google Map、一覧テーブル、個別の詳細画面

  • 検索条件:

    • テキスト入力: 名前、古墳群、形状、墳長、所在地、出土品、など。

    • 主題地図: 地図をある程度ズームインした場合のみ使用可能。全国レベルでは使えない。右側のパネルにUIが出現し、時期や墳丘規模、外表施設、埋葬施設、副葬品、立地などで色分けないしフィルタリングが可能

  • 時期: 10期編年、三分法。(色分け、マーカー形状、詳細画面)、

    • 主題地図: 10期編年(集成編年)は色分け・マーカー形状のみ。特定の期のみ表示することはできない。三分法(前期/中期/後期)はフィルタリングが可能。データが欠損の場合は古墳そのものが表示されない 。

    • (時期データ入力済みは半分以下か?)。

    • 個別の古墳の詳細画面にも表示される。

    • 一覧テーブル(画面下)の検索条件としては利用できない(?)

  • 件数: 5229

  • 種類: 前方後円墳、前方後方墳

研究プロジェクトで作成されたサービスのようで、「前方後円墳集成」などの研究者向けの有力ソースをベースに作られています。古墳の種類は前方後円墳、前方後方墳の2種類と少なめですが、メジャーどころはおさえています。奈良県版と全国版がありますが、もちろんおすすめは全国版です。Google Map上に旧令制国の境界を表示できるのが地味にうれしいですね。

時期のデータが10期編年・三分法の両方で入っているのがありがたいところです。もちろん築造時期が不明の古墳も多いですが、それでも今回使ってみたサービス中では最多だと思います。

惜しいのは、地図上での詳細な絞り込み機能はかなりズームインした場合、つまり特定地域レベルでのみ利用できることです。これが全国レベルの表示で使えればかなり面白そうなんですが、技術的な問題があるということでしょうか。また、同じような時期による絞り込みは一覧表示の方には使えないようで、これももったいない感じではあります。

文化財総覧WebGIS (奈良文化財研究所)

文化財総覧WebGIS (奈良文化財研究所) メイン画面
  • 表示方式: 地理院地図 (GSI Maps)、個別の詳細画面

    • マップは背景を白地図や地質図にするなどカスタマイズが可能。

    • マーカーはズームアウトすると複数をまとめた表示(件数つき)になる。

  • 検索条件:

    • テキスト入力: 名前、遺構、遺物、特記事項・要約など。

    • 選択式: データソース、都道府県、種別、文化財登録、時代、など。

  • 時期: 旧石器、縄文、弥生、古墳、飛鳥白鳳、奈良、平安、など。

    • 弥生時代や古墳時代を細分化することはできない。

    • マップ上のマーカーの絞り込みが可能。

    • 個別の詳細画面の中にテキストで古墳時代前期、などと時期が指定してあることは比較的多い。

  • 件数: 613423件 (全登録件数)

    • ただし同じ場所の遺跡について複数の登録がされているケースが多数ある。また遺跡範囲を示す図形も1件として登録されているとのこと。

    • 古墳に限ると102272件 (絞り込み条件: 時代=(弥生, 古墳, 飛鳥白鳳)、+種別=墓、古墳)

  • 種類: 集落、洞穴、貝塚、・・・、墓、古墳、など。

    • 古墳の種類では分類できない。

文化財総覧WebGISは他の古墳専用のサービスと違って、旧石器時代から近代までのあらゆる国内の遺跡・文化財を対象としています。ご近所の知られざる遺跡を探し回って時間を忘れます。そのデータ件数にはただただ圧倒されます・・・。しかし反面、古墳時代の古墳に特化した検索などはできないので、せいぜいフリーワードで指定して絞り込むしかないようです。国土地理院の地図システムを使った地図タイル(背景のデザイン)の変更機能は古墳関係ではこのサイトのみの特徴となっています。

それからしばらく操作しないで放置しておくと(1時間ぐらい?)セッションが切れてしまい最初の画面に戻ってしまうようです。操作がうまくいかないときはリロードして初期画面に戻るしかないのかと。

サイトの起動時に遺跡の場所が正確ではないかもしれない云々と表示されますが、要はある土地の土地取引とか工事の計画をするときにここのサイトには遺跡が無いと表示されているから遺跡らしきものが出てきても調査しなくてもいい、ということにはならないですよ、という警告のようです (文化財保護法(昭和25年法律第214号)により、開発届け等の手続きが必要)。

古墳マップ (古墳マップ)

古墳マップ (古墳マップ) メイン画面。黒い枠の四角は筆者の個人情報及び広告の表示スペースであり、筆者が隠したものである。
  • 表示方式: OpenStreetMap / Google Map、一覧テーブル、個別の詳細画面

    • Google Mapはログイン中のみ利用可能。

  • 検索条件:

    • テキスト入力: 名前、形状、など。

    • ヘッダーないしフッター > ヒント > サイドメニュー > タグから選択: 種類、史跡指定の種類、外部施設(埴輪、周濠など)、埋葬施設(石室など)

    • リストの検索にのみ使用可能。地図のマーカーのフィルタリングには使えない。

  • 時期: なし

    • 一部、テキストや写真で掲載されていることもあるが構造化データではない。

  • 件数: 6521

  • 種類: 前方後円墳、前方後方墳、円墳、方墳、双方中円墳、帆立貝式古墳、など。

こちらはユーザー投稿型のデータベースという点で他のサービスとは異なっています。有名古墳には写真やレビューコメントなどもあって、現地訪問派にはうれしいのかと思われます。地図のUIも、複数の古墳を表示して分布を見るというよりは、特定の古墳について場所を確認する、という、やはり現地訪問を念頭に置いた見せ方かなとおもいます。古墳の種類タグは豊富で、前方後円墳ばかりではない事を認識させられます。

惜しむらくは時期の情報が構造化データとしては含まれていないようで、運が良ければテキストや写真などでわかるかもという程度です。

ログイン中とログアウト状態で使用する地図システムが異なる理由はよくわかりません。APIの制限かなにかでしょうか。


前方後円墳 Japanese Ancient Tombs (前方後円墳研究会)

  • 表示方式: 一覧テーブル、個別の詳細画面

    • 地図は地方・都道府県の選択(簡易地図)と個別の詳細画面での古墳位置の表示 (Google Map) にのみ使われる。

  • 検索条件: 都道府県(複数選択可)、名前、所在地、長さ、時期(三分法)

    • 古墳の一覧に対する絞り込みが可能。地図には複数古墳の表示はできないので地図上での絞り込みには対応してない。

  • 時代: 三分法。

  • 件数: 5764

  • 種類: 前方後円墳、前方後方墳、帆立貝式古墳

こちらも、研究用のソースである近藤義郎編「前方後円墳集成」シリーズ(山川出版社)や大塚初重「日本古墳大辞典」(東京堂出版)をベースにしたサイトです。かなり歴史あるサイトという印象です。Google Mapは使っているのですが、古墳の分布を見るためではなく、特定の選んだ古墳の場所を表示するために使用されており、どちらかというとこちらのサイトも訪問するために使う、という感じでしょうか。

古墳の築造時期についても検索は可能ですが、データが入力された古墳は非常に少ないようで、パッと見た感じ、千葉県で1/10未満といったところでしょうか。

なお、「ホームページ各部の内容について,無断引用はお断りします.」とありますので、このサービスで調べた結果をもとに論文などを出版する場合は管理者に許可を得たほうがよさそうです (同じ理由によりスクリーンショットは割愛させていただきました)。

考察と今後の課題

今のところ、古墳の時期に関する情報を得ようと思うとすると、「前方後円墳データベース(出田, 奈良女子大学)」が最も良いようです。個別に見るだけで良ければ「文化財総覧WebGIS (奈良文化財研究所)」もありでしょう。

ただ、個人的にやりたかったことからするとまだギャップがあるのも確かで、全国レベルで、特定の時代の古墳をマップ上にプロットするということは直接はできないようです。

あまり効率的ではないですが、強いてやるなら「前方後円墳データベース(出田, 奈良女子大学)」で地域レベルで1件ごとに特定の時代の古墳を抽出して別途表にまとめ、これを全地域で行ってCSVファイルなどにセーブして、別のユーザー地図サービスを利用してマーカー表示する、でしょうか。

こうなってくると地図サービスよりは、古墳のデータベースそのものを検索してCSV形式などで出力するサービスの方が使いやすそうな気がします。とはいえ、ユーザーによって検索したいキーが千差万別でしょうし、それらに対応するデータをあらかじめ構造化しておくのも難しいですね。

関連:ユーザー地図サービスについての記事

ちなみに古墳のデータベース(構造化データ)そのものを公開しているサイトは見つけられていないです。Wikipediaなどをクローリングして加工すれば何かできるかもしれないですが、予想される労力のわりにカバー率やデータの均質性、鮮度が不明です。同じく奈良文化財研究所で全国遺跡報告総覧というサイトが運用されていますが、これは各地で行われている遺跡の調査報告書(PDF)を横断検索できるというもので、これ自体は全国の最新情報が得られる画期的なものではあります。しかし遺跡の調査報告書を読みこなすのは相当な専門性が必要ですし、全国レベルでひっかけるとなると量も膨大で構造化データに入力・変換する手間もあります。

まとめ

全国レベルで特定の時代の古墳を地図上にプロットして分布を見たいと思い、古墳の地図サービスをいくつか調べてみたのでご紹介しました。古墳巡りなど用途によってはこれらのサイトで十分活用できるかもしれません。個人的にはやりたいと思っていることにズバリ一致するサービスは見つかりませんでしたが、手作業でデータを選別する際の補助にはなってくれそうです。また、古墳時代の時期区分として前期/中期/後期、または10期編年(a.k.a., 集成編年)とその実年代の想定をご紹介しました。

もっといい方法をご存じの方がいらっしゃいましたら教えていただければ幸いです。

参考文献

  • [広瀬1991] 広瀬和雄 (1991). 「前方後円墳の畿内編年」 in 近藤義郎 (編)「前方後円墳集成〈中国・四国編〉」山川出版社.

    • 全6巻からなる。

    • 古墳の構造、埴輪、鏡など副葬品の種類、形態から区分される定性的な順序で、西暦との対応は記載されない。

  • [川西1978] 川西宏幸 (1978). 「円筒埴輪総論」 in 考古学雑誌 64(2) 1978.09 p.95 - 164

    • See [川西1988]

  • [川西1988] 川西宏幸 (1988). 「第4章 円筒埴輪総論」 in 古墳時代政治史序説, p.225-360. 博士論文, 筑波大学

    • [川西1978]の再録と思われる。

    • 円筒埴輪の編年の定義(I-V)とその各地域での検証。

  • [白石1999] 白石太一郎『古墳とヤマト政権』(文春新書、1999年)

  • [上野2018] 上野祥史 (2018). 「古墳時代における鏡の分配と保有 (第1部 倭王権の実態)」 国立歴史民俗博物館研究報告 Vol. 211, p.79 - 110, 2018-03-30. 国立歴史民俗博物館

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