見出し画像

本物のBarのマスターに超感銘。

そのバーは駅のすぐ近くにあり、大抵は周辺の住宅街からや帰宅する前に立ち寄るお客さんばかりです。

私は少し遠方から歩いてきて煮詰まっていた仕事のアイディアを考えていました。
数キロ歩くだけでも気晴らしになったりしますからね。

ふと気がつくと、そろそろ閉店の時間でした。
家に籠って考えるよりも時間が経つのは早く感じるものです。

「長居してすいません」と私が言うと、マスターは、「とんでもないですよ。クリエイターさんも大変ですね。いいアイディア浮かびました?」と笑顔で聞かれました。

大したアイディアも浮かばなかった、ほろ酔いの私は「まぁまぁ、そうですね。でもワインもチーズも美味しかったので、そっちに半分気が取られましたけどね」と、あやふやな返答。

それからマスターは出送りしてくれて、「ありがとうございました」とお辞儀。

その時、パラパラと小雨が降っていました。

「あらら。(家を)出る時の雲行きが怪しかったんですけどね。降っちゃっていますね」と言うと、マスターは「ちょっと待ってくださいね」と言って一旦店内に入って、すぐに出てくるとビニール傘をスッと差し出しました。そして、「どうぞ、お使いください」と。

私は「いやいや結構ですよ。帰ったら風呂に入りますし」と、やんわり断ると、
「せっかく気分よく呑んで頂いたのに台無しでしょう。せっかくのアイディアも流れていくかもですよ」と笑顔で言われました。

「じゃあ、すいません。明日にでもお返しに来ますね」と言うと、「いえいえ、稀なことですし。またお越しになられた時で結構ですから」と。

「いやいや、いつの話だか分からないからですね……」と正直に言うと、マスターは遮るように「ここだけの話、返品率は限りなく0なんですよね。でも、私も美味しいお酒を出しているつもりなんですから嫌な思いをされながら帰られたら台無しですよ。だから、こういう時の為に何本か用意はしているんですよ。というわけで、本当に気にされないでください」とにっこりと微笑みを浮かべました。

「えぇー!用意されていらっしゃるんですか!」と、未だここまで徹底して顧客を心から大事にされた店に遭遇したことがなかったので、驚きと共に深い感銘を受けました。

そこで、私は「今は乳白色とか、おしゃれで安いビニール傘とかありますから、お店の格好いいロゴをプリントされたらどうですか?どうせ返品されないのならば、お客さんも個人使いされるかもしれませんから、お店の宣伝にもなるしですね」

マスターは「さすがクリエイターさんですね。ロゴを褒めてくださってありがとうございます」とニッコリと答えられただけでした。

私は「こういうことを思いつくのがクリエイターの悪い部分ですね」と言って傘を受け取りました。

ほろ酔い気分の帰途で、私は「あのマスター自体が広告塔なんだなぁ」なんて考えていました。

2023年3月9日

#このお店が好きなわけ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?