古典100選(43)伽婢子

夏が近くなると、肝だめしと言って怪談を聞く機会がある人もいるだろう。

今日は、江戸時代に浄土真宗の僧侶だった浅井了意(あさい・りょうい)が書いた『伽婢子』(おとぎぼうこ)というお話を紹介しよう。1666年に刊行されたので、4代将軍家綱の時代の作品である。

その伽婢子のお話の中に、「牡丹灯籠」(ぼたんどうろう)という怪談がある。

落語が好きな人は、「牡丹灯籠」のお話も聞いたことがあると思うが、実は、国内の元祖は浅井了意の『伽婢子』である。

では原文を読んでみよう。

十五日の夜いたく更けて、遊びありく人も稀になり、物音も静かなりけるに、一人の美人、その年二十ばかりと見ゆるが、十四五ばかりの女の童(わらわ)に、美しき牡丹花の灯籠持たせ、さしも緩やかにうち過ぐる。
芙蓉(ふよう)のまなじりあざやかに、楊柳(ようりゅう)の姿たをやかなり。
桂(かつら)の眉墨(まゆずみ)、みどりの髪、言ふばかりなくあてやかなり。
荻原、月のもとにこれを見て、「これはそも、天津(あまつ)乙女の天降(あまくだ)りて、人間(じんかん)に遊ぶにや、竜の宮の乙姫のわだつうみより出でて慰むにや、誠に人の種ならず」とおぼえて、魂飛び、心浮かれ、みづから抑へ留むる思ひなく、めでまどひつつ、後ろに随ひて行く。 
前になり後になりなまめきけるに、一町ばかり西の方にて、かの女、後ろに顧みて、少し笑ひて言ふやう、「みづから人に契りて待ちわびたる身にも侍らず。ただ今宵の月にあこがれ出でて、そぞろに、夜更け方、帰る道だにすさまじや。送りて給(た)べかし」と言へば、荻原やをら進みて言ふやう、「君、帰るさの道も遠きには、夜深くして便(びん)なう侍り。それがしの住む所は、塵塚(ちりつか)高く積もりて、見苦しげなるあばら家なれど、便りにつけて明かし給はば、宿貸し参らせむ」と戯るれば、女うち笑みて、「窓漏る月を独りながめて明くるわびしさを、嬉しくものたまふものかな。情けに弱るは人の心ぞかし」とて立ち戻りければ、荻原喜びて、女と手を取り組みつつ家に帰り、酒取り出だし、女の童に酌取らせ、少しうち飲み、傾く月にわりなき言の葉を聞くにぞ、「今日を限りの命ともがな」と、かねての後ぞ思はるる。

以上である。

最後のところの「今日を限りの命ともがな」という部分が、有名な和歌の下の句の引用であることに気づいただろうか。

NHKの大河ドラマ『光る君へ』で、藤原道隆の妻だった高階貴子(=板谷由夏)が、道隆の病床で「忘れじの行く末まではかたければ今日を限りの命ともがな」という和歌(=百人一首にも選ばれている)を、道隆とともに口ずさんでいた場面があった。

道隆は、その後亡くなるのだが、この「牡丹灯籠」の主人公の荻原も、実は、美しい女性が幽霊とも知らず有頂天になっており、最後は、女性の墓に引きずり込まれて亡くなってしまうという結末を迎える。

このお話は、もともと中国の明(みん)時代の小説が題材となっている。

女の正体を目撃した隣人の忠告もあり、幽霊を何とか供養しようと先手を打とうとしたのだが、相手のほうがバレたことに気づいており、殺されてしまったのは、なんとも気の毒である。


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