麦牛乳

作ることが好きです。児童文学作家になりたい介護士。

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  • 小説/童話

    短いお話。

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中庭のメロディ

 中庭がある。ただそれだけを理由に選んだ高校で、マキはぼんやりと空を見上げていた。学校説明会は午後の部となり、今は自由に校内を見学しても良い時間。マキは中庭の真ん中で、校舎に囲まれた空を、その輪郭を、なぞるように見ている。他の中学生はたいてい親と一緒に来ていて、パンフレットを片手にあっちへこっちへとせわしなく移動している。中庭を取り囲む壁には各階の教室の窓が張られ、時々、見学中の中学生が見えた。マキはひとりだ。  親子連れが一組、中庭に入るのを視界にとらえた。二人は隅にあるベ

    • 元気の実のおはなし (朗読と簡単な体操)

       デイサービスでのアクティビティ用に書いたものです。  物語を聞きながら、登場人物になりきったつもりで簡単な体操に参加できます。座位を保ったままできる、高齢者向けのごく簡単な動きのみで進みます。以下五種類。 ・首を動かす(上下左右を見る) ・足を上げる ・腕を伸ばす(水平から上へ、前へ) ・腕を上下に動かす ・深呼吸  体を動かしつつ、想像を促すことで頭の体操にもつながります。  お役に立てる場面があればどうぞご自由にお使いください。使用報告は任意ですが、もらえると喜びます!

      • チョコレート

         好きな人はとても甘い匂いがした。  最初に感じたのは彼の名前を拝見した時である。さして珍しくない苗字に、珍しくない男名。その文字列のどこにも甘やかな色気などないはずであったが、彼の名だけがそれを伴った。  人の名や文字が味や香りを伴うのは日常のことである。  例えば数字の「1」は、水の匂いがする。昔からこの「1」を見ると、生と死と、透き通るような爽やかな味わいが、まっすぐに下っていくような心地がした。「2」は柑橘の皮の苦味に近い。「3」は新しい紙の匂い。  しかし彼の

        • 雨の日のフレンチトースト

          「雨実(あみ)―、今日も譜実(ふみ)のおむかえよろしくねー」  わたしは、お母さんの声を全力で無視しながら、アパートの階段をかけおりた。  今日から長袖。夏のおわりが、わたしのおさげ髪をくすぐっていく。桃色のヒガンバナが、そこかしこでブローチみたいに咲いていた。そんなさわやかな空気になだめられるものか、と、わざと大股で歩いた。もうちょっと、だれか友だちに会ってしまうまでの間は、怒っていたかった。  だって、お母さんは約束をやぶったのだ。 まあ、わたしがやぶったとも言えるのかも

        中庭のメロディ

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          11本

        記事

          ノギク氏のビル

          ノギク氏のビル  この村に大きなビルができたのは、つい一か月ほど前のことです。村いちばんのお金持ちであったノギク氏は、ふと、うんとたてに長い建物が欲しくなり、高いものといえば送電塔くらいしかないのどかな村に、とつぜん作り上げたのでした。    真四角の壁面はエメラルド色の空を晴れ晴れと写し取り、四つの角を高くとがらせています。その高さ、なんと十階建て。  中には何があるのだろうと、一見ガラス張りのような壁を、村人は興味深そうに眺めるのですが、壁は外の景色を映すばかり。中は決

          ノギク氏のビル

          ミルクピッチャーさえずる時

          ミルクピッチャーさえずる時    ーーーーーーー  東京の東久留米市にある雑貨店「ことり堂」さまを舞台に書かせていただきました。 ことり堂 Instagram https://www.instagram.com/kotori_sasahara?igsh=MWFlYjFwcnBsbXlxdA== ーーーーーーー  ここは内緒話の吹き溜まり。小さな売り場は人がふたり入ればようやく、というくらいだから、入ってしまうとたいていの人は小声で話してしまうものなの。  大通りか

          ミルクピッチャーさえずる時

          作家になりたいのだと気づいてからの一年とそれまでの十何年か

           作家になりたい、それも児童文学をやりたいと明確に思い始めたのは2023年の1月だった。  そこから無茶を承知で三月末締め切りの講談社児童文学新人賞に向けて長編を書き始め、当然間に合わず、4月ごろに完成させたものが、夢追い人としての初めての作品だ。  書きあがったものを持て余しつつ、すぐに次の作品にとりかかった。  児童文学をやる、と決めたとたんに、書きたいものはいくらでも思いついていた。それは、おそらく、長年ため込んできた児童文学への思いが一気に噴出しているからだろう。こ

          作家になりたいのだと気づいてからの一年とそれまでの十何年か

          ミラーボールをきみと

           ぼくたちは、まだ生まれていなかった。どんなかたちで生まれるのかもわからなかった。ただ生まれるんだってことはわかっていて、それは、ぼくも、みんなも同じ。すごくうれしくて、手を取り合っておどった。たまごの中のパーティー会場で、生まれることをおいわいして。  ぼくたちは、みんな白いふよふよ。今はマシュマロみたいって思うけど、とうぜん、マシュマロなんて知らなかった。ぼくも、きみも、白いふよふよの存在で、だけど手はあった。ぼくたちはそれを取り合って、天井のきらきらに照らされながら、

          ミラーボールをきみと

          第一回#絵先歌会【結果発表と感想】

          絵先歌会とは 麦牛乳の企画で始まり、主にX(Twitter)で進行しました「絵から短歌を詠む歌会」です。 だいたい三週間くらいの募集期間を設け、十六首の作品が集まりました。 まずはご参加くださった皆様、ありがとうございました……! 「誰も参加しないんじゃないか?」とびくびくしながら始めた企画でしたが、おかげさまで、募集期間、投票期間共にとても充実した日々でした。 一首投稿が増えるごとに新しい視点や物語を教えていただけて、新鮮でした。ひとつの絵から、これだけ多様な見方が

          第一回#絵先歌会【結果発表と感想】

          〈ひろば〉のいちばん広い場所

          〈ひろば〉のいちばん広い場所 ----------  東久留米のカフェ「ひろばCafe」さまを舞台に書いたお話です。許可をいただいたので、公開します。 ひろばCafe Xアカウント  Instagram https://instagram.com/enngekihiroba?igshid=MzMyNGUyNmU2YQ== ----------  ひろば、といえば、大抵は広い場所のことを指すものである。平らかで、地域のシンボルを際立たせたり、集会場になったりする、そう

          〈ひろば〉のいちばん広い場所

          サンドイッチの小人

          サンドイッチの小人  眠れなくて苦しいとき、キナはじっと目をとじて、サンドイッチのことを考える。ふわふわのパンにマーガリン。それから、何を挟もう。ゆでたまご、ポテトサラダ、ハムにチーズ。フルーツにヨーグルトクリームなんていうのも素敵だ。いくつものサンドイッチを空想の中で作って、眺めて、味わうことで、暗闇の恐ろしさに抗うのだ。  キナは夜が嫌いだ。昼間の間、まぶしさのせいにして目をそらしていたいろいろなことが、夜の静けさに触れると、とたんにキナのまわりでひそひそ話を始める。

          サンドイッチの小人

          幸福な建物

           アドバルーンを薄目で眺めた日々が、落ちていく最中の胸を灯しました。      追われて、追われて、もうここまでかと思い、六階だと知りながら窓を蹴破ったのも束の間、熱い空気が男を抱きしめ、心中を図ろうとしているような心地で、男が死を思ったその時でした。      男は初めて、それがかつてのデパートであることに気がついたのです。    幼い頃、あのアドバルーンが空へ飛んでいかないことが不思議でたまりませんでした。一緒にいた父や母に、何度となく尋ねたかもしれません。彼らがどんな

          幸福な建物

          あこがれランプ

          あこがれランプ     里見さんの秘密を知っているのは、わたしだけだ。成績優秀で真面目な里見さんと、ずぼらなわたしが、放課後にこっそり会っているなんて、みんなが知ったらどう思うんだろう。でも、どうして会っているかは、誰にも言わない。これは初めて二人で会った時からの約束だ。と言っても、もう三か月くらい、わたしたちはちゃんと顔を合わせていない。    教室での里見さんは、たいてい静かに勉強をしている。いいとこのお嬢様なんて話も聞くし、なんとなく近寄りがたい雰囲気だ。おまけにち

          あこがれランプ