元気の実のおはなし (朗読と簡単な体操)

 デイサービスでのアクティビティ用に書いたものです。
 物語を聞きながら、登場人物になりきったつもりで簡単な体操に参加できます。座位を保ったままできる、高齢者向けのごく簡単な動きのみで進みます。以下五種類。
・首を動かす(上下左右を見る)
・足を上げる
・腕を伸ばす(水平から上へ、前へ)
・腕を上下に動かす
・深呼吸
 体を動かしつつ、想像を促すことで頭の体操にもつながります。
 お役に立てる場面があればどうぞご自由にお使いください。使用報告は任意ですが、もらえると喜びます!

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 これは風邪を引いた子どものためにお父さんとお母さんが冒険をする話です。
みなさんもお子さんのために何かと看病をしたり、あるいはみなさんが幼いころに、お母さまやお父様が気にかけてくださったことがあろうと思います。たとえば、どのような思い出がありますか? おかゆを作ってくれたとか、作ったとか……。

 さて今回、風邪をひいた坊やは、ちょっと様子が違うようです。微熱がいちにちを通して続き、おかゆを作っても、りんごを煮ても、奮発してアイスクリームを買ってきても、いっこうに口にしようとしません。お医者様にみせても首をかしげるばかり。お薬もききません。さあどうしたものか。途方に暮れて泣き出しそうなご両親。ふと、坊やの枕元に一冊の絵本があることに気づきました。

 はて、こんな本、うちにあったろうか。表紙には何の文字もなく、ただ、大きな木のうろが描かれているばかり。奇妙に思ったお父さんが、ぱらりと、ページをめくりました。

 あっ。思わず声をあげました。だってそこに描かれているのは、坊やそのものです。表紙にあったうろの中に座り込み、不安そうにこちらを見ています。

 お母さん、ごらん。大変だ。坊やは絵本の中にいるんだ。
 まあ、何を言ってらっしゃるの、とお母さん、呆れた様子を見せますが、何と言っても坊やのこの状態は、説明がつきません。見てみると、ああ、これは間違いなく坊やの姿! 親である私が見間違えるわけがない……。

 この木が、大事な坊やをさらってしまったのだ! 
 ふたりがかんかんに怒り、さあ、どうして取り返そうかと議論を始めたときです。

 誤解です、誤解ですよお。

 だ、誰だい、そんな泣きそうな声を出すのは!

 お父さんが大きな声で言い、上を見上げました。何しろ、その声は上から聞こえたように思えたからです。その時には、おや、まわりがいつもと違うぞ……ということに、ふたりとも気づきました。

・首を動かす

 上をご覧ください。木々のさえずり。下には? 苔むした地面。右を見て、左も見てみてください。そこは坊やが寝ている子ども部屋ではなく、土と、草と、苔のにおいに包まれた、薄暗く、湿った森だったのです。

 すぐそばに、大きなクスノキがありました。お父さんが真っ先に足を動かし、楠をぐるりと一周してみます。例のうろが、口を開けているかもしれないからです。しかし、そのような穴は見当たりません。
 坊やをひとりにしておけないわ、早く帰らないと! 
 お母さんはおろおろ。

 待って、待って、まだ帰らないで。

 どこの誰かわからない声がまた響きました。お父さんが、楠をごんと一突きすると、声は「いてえ」と鳴きました。
 どうやら、この楠がしゃべっているようです。

 やい、おまえ、うちの大事な息子を返してもらおう。
 ええ、私だって、そうしたいのです。だけど悪い商人が、うろに鍵までかけてしまって、私にはどうしようもできないんですよ。
 鍵だって?
 あなた、よく見て、ドアがあるわ。

 お母さんが、木の幹に見つけたドアは、なるほど、鎖で蓋までされて、簡単には開かないようです。
 この中に坊やがいるのだとしたら……。ふたりはさっと青ざめました。どうしようもできないとか、言ってる場合ではありません。

 はい、確かに私にはどうしようもできません。ですが、おふたりは違います。坊やのご両親なら、できることはたくさんあります。

 へえ、教えてください。

 まずね。悪い商人がどうして坊やを閉じ込めているのかお話しましょう。
 それは、私の実を速く多く実らせて、それを高く売るためなのです。
 私を楠だとお思いでしょう? 確かに、幹や枝の感じはよく似ていますが、実はもっと大振りで、しかも、金色に光り輝きます。
 子どもの元気は、実を作るのにいちばんの栄養といわれていますので、商人は、手あたり次第に子どもの元気をさらっているようです。
 かわいそうな坊や、商人がこっそり置いた絵本に魅せられて、元気を奪われてしまったのでしょう……。

 なんてこった。そんな悪い奴は、警察に通報しなければ。お父さんは言います。

 警察に行ったって、彼らには何もできませんよ。できるのは、あなたがたなんです。さあ、やり方をお話しましょう。

 木の葉が擦れ合い、それが音になって、響いてきます。

・足を上げる 

 いいですか。まず、両足を上げてください。
 両足を? そんなことできないわ。と、お母さん。
 いいえ、できるはずです。坊やを助けるためだと思えば、きっとできます。

 みなさん、両足ですよ。両足をあげて、まっすぐにして、つまさきを上に向けるのです。できますか? できたら、途中で下ろしてはいけませんよ。なるべく、足を上げ続けていることが大切です。

 おお、できた、できたぞ。そう言ってよろこぶお父さんは、もうすでに、宙に浮いています。お母さんも、おそるおそる、やってみました。元気な坊やにまた会えることを祈って……。
 ふわ、と体が浮かび上がります。

・手を水平に上げる 

 木の葉の声はつづきます。

 あなたがたのなすべきこと。それは、今実っている実をひとつ取って、坊やの口に含ませることです。おふたりの身体で、木のてっぺんまで飛んでいくのです。さあ、今度は腕を使いますよ。
 足はそのままで、両手を、水平に上げてください。水平ですよ。まっすぐですよ。
 さあ、あとはおわかりですね。そうです。鳥になった気分で、両手を翼にして、体を上に持ち上げるのです。
 腕を動かせば、自然と上にいくことができますよ。コツは、ゆっくり動かすことです。焦って大きな音でも立てれば、商人が気づいて駆けつけてきますからね。

 ふたりの身体は、ぐんぐん、ぐんぐん、のぼっていきました。
 そうしますと、やがて、葉の隙間に、金色の、さくらんぼのような実が見え始めました。それは上に行くにつれ、大振りになり、輝きも増していくのでした。

・手を上にあげる →木の実をとる

 さあ、いちばんてっぺんの実が見えました。しかし、飛ぶだけでは心もとなく、腕を上に思い切り伸ばさないと、届きそうにありません。二人は枝の間にちょうどいい足場を見つけたので、そこに足を下ろしました。あとは手を伸ばすだけです。

 あとひといき、もうひといき。

 お父さんは、両手をえいっと上に伸ばしました。お母さんもそのようにしました。

 もうちょっと、もうちょっと。
 これ以上は伸びない、というところまで、体を縦に、縦に伸ばします。
 ぐぐぐぐぐ……。
 あ、
 とれた!!
 
 腕をゆっくり下ろしてくださいね。
 しかし、これで終わりではありません。木の葉が言います。

 熟れた実はとても壊れやすいので、慎重に運ばなければなりませんよ。胸に抱えようものなら、ご自身の心臓の音でひび割れてしまうことだってあるのです。

・腕を前に伸ばす

 そう、そうです。両手に実をもって、体からゆっくり離すのです。
 腕をまっすぐ。もちろん、枝にぶつからないように気を付けながら。さあ、木から降りましょう。

 ふたりは両腕を前に伸ばしたまま、また、足を上げました。すると身体は木から離れ、今度は地面へと舞い戻っていきます……。

 景色がくるくる、くるくる回ります。お父さんもお母さんも、だんだん、意識が遠くなっていきます。確かなのは、手のひらにある、木の実の感触。そして、木の発した言葉です。

 さあ、あとはそれを坊やに食べさせるだけです。お疲れ様、力を抜いて。

・深呼吸


 さて、家に帰りついたふたりは、まずは金色に輝く実をどう食べさせようかと悩みました。が、悩む必要はありませんでした。坊やにそれを見せたとたん、それまで寝込んでいた坊やは体を起こし、ぱくり、と生のままかじったのです。

 坊やはみるみるうちに元気になり、その日の夜には、以前よりも元気なくらいにまでなっていました。

 あの不思議な絵本は、いつのまにか消えてしまったようでした。
 
 ふしぎな冒険の数々も、思い返すと夢のようです。お父さんもお母さんも、すっかり、「そろって同じ夢を見たのだ」と思う頃。坊やが話し出しました。

「僕がおかしな風邪をひいたとき、お母さんとお父さんが、木の実をもってきてくれたでしょ? それ見たとき、なんだか、なつかしい気持ちになったんだよ。僕ね、木の中にいる夢を見たの。そこで、いろんな友達ができたの。その友達と、木の実が、よく似ていたんだよ……」

 物語はこれでおしまいです。
 みなさんのご協力のおかげで、坊やは元気になりました!
 めでたし、めでたし……。


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 実際にデイサービスで朗読をしてみたところ、利用者さんの大勢が一緒に体を動かしてくださって、とてもうれしかったです。
 最後の坊やのセリフは、まあ、なくてもいいかな……私の趣味です。
 もっともっと動きを増やしてもよさそう。木のまわりを歩くとちょうど十歩です、と説明をして足踏みをしてみるとか。
 こんな具合で、レクリエーションの時間に、みんなでひとつの物語に浸ってみてはいかがでしょう。



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