見出し画像

【短編小説】 「幸せ」

どうもRUDDERです。
今回は趣向を変えて、短編小説(というかショートショート)を書いてみました。SFのような、寓話のような、そんな話。

「幸せ」

 20XX年、とある国。この国では10年ほど前に発明された画期的なシステムにより、人間の心理的な「幸せ」・「幸福度」を数値化することに成功していた。人々はその数値を定期的に計測することで、自己の精神状態を把握することができるのである。その数値は、"HAPPINESS"の頭文字を取って「HAP」と呼ばれていた。また、このシステムにより、どのような行動を取れば幸せになるか、あるいは不幸せになるかが、統計処理によって事前にわかるようになっていた。
 HAPが下がらないような行動をとるだけで、心理的な幸福状態を保つことができるため、HAP計測システムは瞬く間に国中に普及した。さらに、人々は心理セラピーを受けたり、サプリメントを服用したりして、常にHAPの値が低くならないようにしており、そのおかげでこの国全体のHAP(=幸福度)は常に高い値を維持していた。実際、HAPのおかげで国内の鬱病などの精神障害の件数は減少し、その国は「世界一幸せな国」と言われるようになったのであった。

 これは、そんな国でのお話。

 夏。ここは、とある喫茶店。落ち着いたジャズが流れる店内に、いくつかのテーブルが設置されている。休日の昼間にもかかわらず、客足はまばらだ。そんな店内の隅。窓際にある小さなテーブルを挟んで、2人の男子学生たちが話していた。
 「いやだからさ、最近、俺のHAPが低いわけよ。」
 2人の内の片方が、けだるそうに言う。金髪にピアス、少しダメージの入った服といういわゆる”チャラい”男である。
 「そりゃ大変だ。早くカウンセリングを受けた方がいい」
 金髪の対面に座る1人が興味のなさそうに言葉を返す。整えられた黒髪に眼鏡、落ち着いた服装の彼は、とても賢そうな印象を与える。金髪への返事もそこそこに、コーヒーの味を楽しんでいる。
 「おいおい、久しぶりに会ったっていうのに、その態度はねえだろ。こっちは真剣に話してるんだぜ。ったく、俺が鬱になったらどうすんだよ。」
 金髪は少し口調を荒げて返す。
 「鬱なんて、もはや死語じゃないか。それに、」
 黒髪は言いながらコーヒーカップを置いた。
 「お前のHAPが下がるのは昔からよくあることだ。」
 苦笑しながら、黒髪は言った。
 「いや、そうかもしれねえけどさ。今回はマジでやばいんだよ……。」
 金髪が言うと、黒髪は何かを察したように返す。
 「あ、もしかして前に言ってた彼女と別れたとか?」
 金髪は俯きながら言う。
 「そーなのよ、今回は絶対うまくいくと思ったのになぁ…。」
 黒髪は少し笑いながら、
 「あんなに幸せそうだったのにねえ…。ま、もう少し考えてから人と付き合うんだな。」と返した。
 金髪は黒髪の方を向くと言った。
 「お前は良いよなぁ。昔からずっと幸せそうでさ。羨ましいよ。俺なんてHAPがいつも乱高下。昨日幸せだと思ったら、今日は不幸せ、みたいな。」
 黒髪はコーヒーを少し口にすると言った。
 「そうは言うけどさ、俺は自分が『幸せ』だなんて思ったことは一度もないね。」
 金髪は返す。
 「そうかー?俺には、十分幸せそうに見えるぞ。昔っから成績優秀で何でも出来てさ。大学だって俺はギリギリで受かったけど、お前は余裕で受かってる。幸せな人生に思えるけどなぁ。」
 黒髪は、「ま、もし俺がHAPを測ったら、お前の言うように『幸せ』だと判定されるのかもしれないな。」と呟く。
 「え、まさかお前、HAP測ってないの?」
 金髪が驚いて聞く。
 「まあな。」
 黒髪は少し得意げに返事をした。

 黒髪は一息置くと、金髪の目を見て、話を始めた。
 「お前さ、HAPが本当に俺たちの『幸せ』を表してるって思ってんのか?」
 金髪は驚いて返す。
 「何言ってんだよ、そりゃそうに決まってんだろ。HAPは科学的に証明されてんだぜ。これまでの研究でHAPの正しさを覆したものなんてないじゃないか。」
 黒髪は言う。
 「ああ、確かにそうだ。しかし、だ。いいか、よく考えてみろよ。『幸せ』っていうのは俺たち自身が決めるもんじゃないのか。HAPの言う『幸せ』ってのは所詮システムが出した答えに過ぎない。統計と計算によって機械が作り出した『幸せ』が、本当の『幸せ』だとはとても思えないね。」
 黒髪はさらに続ける。
 「だからさ、俺はこれまでHAPシステムには頼らずに生きてきたんだ。自分の意志で勉強だって頑張ってきた。自分の意志で大学だって選んだ。これまでの努力は決して、『HAPが上がるから』やってきたんじゃない。『自分がやりたいと思うから』やってきたんだ。」
 黒髪の言葉に熱がこもる。
 「俺はさ、自分の『幸せ』は自分で決めたいんだよ。だから、俺は自分が『幸せだ』と思うまで『幸せ』じゃない。『幸せ』とは何か、俺はこれから生きていく中で、それを理解していきたいと思ってる。それが、人間らしい生き方だって、そう思うんだよ。」
 一通り語り終えたのか、黒髪はコーヒーを口に運んだ。

 すると、黒髪の熱弁を黙って聞いていた金髪が真面目な顔で話し出した。
 「おいおい、お前、そんな前時代的なことをまだ考えてんのか。お前の方こそよく考えてみろよ。HAPのおかげで、俺たちはお前みたいに『幸せとは何か』なんていうくだらないことを考えなくて済むようになったんだぞ。」


 金髪は言う。
「俺はお前みたいな、『幸せ』がどんなものか考え続けるなんていう、そんな『不幸せ』な人生はまっぴらごめんだね。」

                                (終)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?